マナビラボ

第51回

2019.06.12

学びをつなげる

横浜市立桜丘高校 前編

2018年11月下旬、スタッフは横浜市立桜丘高等学校・英語科の勝倉美子先生の授業におじゃました。高校3年生の「英語総合」である。

桜丘高校は進路指導重点校。「高校3年生の11月といえば、受験を控えて皆ぴりぴりしている時期なのでは……?」教室に一歩足を踏み入れた途端、そんな予想は見事に裏切られた。教室は笑い声があふれ、和気藹々とした雰囲気に包まれている。


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今日は、自己認識(self-recognition)をテーマにしたLesson 5の3回目。1回目と2回目で新出単語の確認や文法の学習、問題演習をしており、3回目では「まとめ」として、本文の内容をふまえて書いたエッセイを共有するという。

授業は、発音の難しい単語について、ペアで確認しあう活動から始まった。電子辞書からの音声に続いて、生徒たちも各自発音。教室は一気に賑やかになる。「初めは辞書の音とか間違えて出しちゃったりすると、笑いが起きるじゃないですか。でも、この時間はどんどん音を出していいんだよ、と学期の最初に言っています。みんなにも聞こえて、そういう発音なんだってわかるし。辞書に発音させた後は、自分でも言ってみたほうがいいよ、とも繰り返し伝えています」。わからないところはすぐにペアで確認をしたり、必要があれば自分からペアを越えてコミュニケーションをとりにいったり——そうしたことがいずれも自然となされていて、生徒たちにとって“日常”になっていることがわかる。

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簡単に文法の確認をしたあとは、さっそくグループに分かれて、それぞれが書いてきたエッセイを確認する。活動を始める前に、先生は「このグループワークの一つの目標は、伝わるように話すことです」と切り出した。「スラスラ話せなくてもいいので、全員に聞こえる声の大きさで、ゆっくりはっきり小学生に話すように話してね。それから、聞く人はきちんと聞く耳をもって聞くこと。“伝える”と“聞く”の両方で、うまくコミュニケーションをとってください」。

グループでの活動中も、そこかしこから笑い声が聞こえてくる。どうしても伝わらないところがあったら質問をしたり、質問を受けたら日本語でも説明してみたりする姿が見られる。あるグループでは、発表後に自然と拍手が起こっていた。そうしたやりとりを経て、クラス全体に発表するグループ代表を決めていく。

全体でのシェアの前には、先生から再び「伝える/伝わる」ことの重要性に言及があった。伝える範囲がグループからクラスに広がったので伝わる声量も変わっていることへの注意と、「伝わるということが一番大事なので、わからない単語や表現があったらすぐ聞いてくださいね」という聞く側へのアドバイスだ。

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グループ代表の生徒は、自己認識という本文のテーマに基づきつつも、それぞれの関心に応じて書かれたエッセイを次々に発表していく。バナナと人間の遺伝子の違いを調べてみると、意外にも50%は共通していたことがわかったという生徒や(この情報には、聞いている生徒たちも思わず驚きのリアクション!)、テレビ番組で人気のオランウータンに言及する生徒、ミラーテスト〔鏡を使って自己認識の有無を確かめる実験——筆者註〕に触れつつ、自己認識がなければファッションやメイクもなくなるから、自己認識は「文化」の問題でもあるという生徒。ひとくちにエッセイと言っても、その内容はさまざまだ。勝倉先生は、聞いている生徒たちに「いまの発表のなかでわからないところはなかった?あったらどんどん聞いて」と促しつつ、初めて聞く事柄については自らもすかさず質問していく。しばしば笑いが起きる和やかな空気のなか、生徒からも質問が飛び出していた。

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必ずしも英語には関わらない内容に対して“ツッコミ”を入れるのは、勝倉先生の「変なこだわり」だという。「英語はあくまでもツールですから、内容が伝わるということが大事なんです」。内容にこだわることで、英語という教科以外の学びともつながっていく。

たとえば今回の授業でも、エッセイのなかでデカルトに言及しながら、自己認識の問題と自己の存在を証明する難しさとを結びつけて発表した生徒がいた。勝倉先生によれば、この生徒は宗教や哲学といった分野に関心を持っていて、国語の授業で書いている卒論でも、そうしたテーマを扱っているのだという。授業後に「つながりが出てきて、ちょっと嬉しい」と明かしてくれた。同時に、先生は発表を聞いている生徒にも次々に質問をしていく。「デカルトってどういう人?」「倫理の授業を受けている人、思い出した?」「彼の思想のポイントは?」——教科横断の重要性が叫ばれているが、勝倉先生の授業では“教科横断のための特別な教科・科目や時間”を設定することなしに、そうした“つながり”が生まれている。

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先生から生徒へのフィードバックでも、「今回すごいなと思ったのは、本文の内容から一歩進んで自分で調べた人がいたってことだよね。英語の授業やっているけど、英語ではいろんな種類の文章を扱うから、自分で興味をもったところを調べるともっと楽しいよ。大学でやりたい研究が見つかるかもしれないしね」と、英語の授業が他の領域での学びや将来の学びにつながる可能性についてコメントされていた。

「内容」を深めていく際に鍵となっていたのは、冒頭にも触れた電子辞書の活用である。多くの生徒は電子辞書を用いて、英語の単語や構文だけではなく内容についても調べている。先のデカルトの発表でも、複数の辞書を参照できるジャンプ機能を駆使しながら、彼の略歴や関連する重要用語について調べる姿が見られた。また、「ミラーテストにパスした動物を調べてみたが、そこにカササギが含まれていて意外だった」という発表では、そもそもカササギがどのような動物なのか、勝倉先生に促されながら画像検索をするなどしていた。

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勝倉先生は、「これから勉強していくうえで、辞書の使い方はしっかり覚えてほしいんですよ」と話す。「答えを知らなくても、そこにたどりつくきっかけさえ分かれば、ね」。多くの生徒が紙の辞書ではなく電子辞書を使っていることに関しても、「紙の辞書には独自の良さがあって、私は好きなんです。でも、電子辞書への流れってもう止められないですよね。それなら、もう、あるものを使えるようにさせるしかないと思います。ツールは使いこなせないと、宝の持ち腐れになってしまうので」とのこと。「紙の辞書には一覧性があるというメリットがあるし、電子辞書にはジャンプ機能や例文検索などがあって便利。そういう違いや機能を知らないと辞書は使いこなせないよ、と生徒には伝えています」。

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エッセイの発表のあとは、その例文検索を使った活動。自己認識や自己意識に関連する名詞や動詞を使った例文を見つけて、グループでシェアするというものだ。互いに辞書をのぞきこみながら、お気に入りの例文を探していく。しばらくして、先生が各グループに声をかける。「面白い例文あった?」「『ティーンエイジャーは体型を気にしている』」。教室には再び笑い声が響く。

最後は、振り返りの時間。英語でも日本語でもよいので、今日の授業で感じたことをワークシートに記入する。「バナナと人間の遺伝子は半分同じだっていうのが驚きだった」「論理的に文章を書くときに、自分の意見だけじゃなくて、詳しく調べることで説得力が増すことに気がつきました」など、他の生徒の発表から学んでいる様子が、ワークシートの記述からも伝わってくる。

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こうして授業は終了したが、チャイムの後も議論を続けているグループがあった。話を聞いてみると、「自己認識」という語が指す意味内容が気になっているようだ。「英語のself-recognitionって、“自己”の“認識”ですよね。教科書の文章だと、self-recognitionは鏡を見たときに映った像が自分と分かるかどうか、ということになっているけれど、自己認識ってもっといろんなことに使える言葉じゃないですか。そうやってもっと広げたら、他の動物が自己認識があるかないか、わからなくなっちゃうんじゃないかなって」。一方、廊下では「デカルトが好きなの?私はカフカのほうがいいなぁ」と話している。勝倉先生はその様子を見ながら、「授業が終わった後も、さっきの授業のことが残って、廊下とかでそういう話が聞こえてくると嬉しいですよね」と微笑んだ。

英語を出発点としながら、様々な「つながり」が埋め込まれた50分。授業後に、勝倉先生の思いを伺った。

 

>>>中編に続く

 


横浜市立桜丘高等学校は、大正15年に設立された実科高等女学校の流れを汲む、公立の男女共学校。学校教育目標として、「知育・徳育・体育の調和的な伸長」を掲げる。昨年度より、ドイツ・フランクフルト市のシューレ・アム・リードと姉妹校提携を結んでいる。

  • 取材

    村松 灯

  • 取材

    渡邉 優子

  • 撮影

    村松 灯

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