第26回
2016.12.21
社会に出たときに必要な力を養う
アクティブ・ラーニング
幅広い学力層の生徒が主体的に学ぶ数学の授業【前編】
なぜ、学び合いの授業をするのか?
「早速、ナイスコメントを発表します!」
授業が始まると樋口智一先生が、前回の授業で生徒たちが記入した振り返りシートを読み上げる。
「はじめて立ち上がって友達に“教えて”と言いにいった。コミュニケーション能力が上がるし、歩くのでダイエットにもなると思った」
樋口先生が読み上げた生徒のコメントに、ドッと笑いが起こる。
北海道清水高等学校は、十勝にある総合学科の学校だ。進路は国公立大学から、専門学校、就職まで幅広い。進路意識だけでなく、学力差も大きい。入学時点で数学に苦手意識を持っていたり、授業に参加する意味を見いだせなかったりする生徒も少なくない。
そんな中で、樋口先生が取り入れたのが、学び合いの活動だった。学力の差があるからこそ、アクティブ・ラーニングは効果を発揮するという。生徒の言葉で教えられることで学力下位層が引き上げられ、仲間に教えることで上位層の子の深い理解につなげていくことができる。多くの地方公立高校が抱える問題にコミットできるのが、アクティブ・ラーニングの授業だと考えているという。
ナイスコメントを読み上げ終わると、「どんどん色々な人と話せるようになっているね」と生徒の活動を認めた上で、「社会に出たら、ずっと仲の良い友達とだけ話していることはできない。知らない人にはじめて声を掛けなければいけないこともあるだろうし、共通点がない人とグループで仕事を達成しなければいけないこともある。みんながやっている数学の学び合いの活動は、社会に出たときに役立つ力を育てているんだ」と、アクティブ・ラーニングの意義を伝える。
社会的な意義を伝えると、先ほどまでコメントを聞いて笑っていた生徒たちの表情が一変する。「大人の社会」を意識した、凛とした顔つきに変わるのだ。
取材に訪れた11月7日の3時間目は、2年生の数Aの授業。「問題を3人に解説し、さらに3人の説明を聞きましょう。問題の横に、説明した人には赤でサインをもらい、説明された人には青でサインをもらってね」と、学び合いのルールを伝える。このルールにより、双方向性が生まれ、優秀な生徒が一方的に教え続けるということはなくなる。
樋口先生が、「今日は○ページね」と指示すると、生徒は「確率」についての演習問題に臨む。しばらく、一人で問題を解き進めるのかと思いきや、すぐに机間巡視をしていた樋口先生が、「お! ○○さん予習してきたね。みんな、もう○○さんは解けますよ」と声を掛ける。そして、授業開始から10分ほどで、生徒たちは、学び合いの活動をスタートさせた。
自ら考えて動く生徒たち
最初は隣同士などで控えめに教え合っていた生徒たちだが、それでは目標到達点である3人と教え合うことはできない。そこで、徐々に自分の席を立ちあがり、周囲を見渡し始める。その頃合いを見計らって、樋口先生は「◇◇さんも解けたね。みんな、◇◇さんも教えられるよ」などと声掛けをしていく。
ときには、「△△さん、わからなくてイライラしてるよ。教えに来てあげて!」「××さん、寂しくて教えたがっているよ」といった声かけも入れ、生徒同士を結びつけていく。
3人の教え合いがクリアできたら、黒板に磁石で貼ってある自分の名前のプレートを「クリア」の枠に移動させる。つまり、終わっていない者は未達成に名前が残り続けてしまう。
また、黒板へ名前を貼り出すことで、まだ達成できていない子の元へ生徒が集まるという効果もある。目標は「全員理解、全員クリア」。それを毎授業言われ続けているので、生徒たちはサポートし合い、全員クリアを目指すのだ。
早めに教え合いをクリアした生徒には、プリントが用意されており、自分でどんどん予習を進めることができる。そのため、「やることがない」生徒は教室内に一人もいない。
なかには、「上手に教えるほどは理解できていないから、ちょっと隣で説明聞かせて」とさらに理解を深めようとする生徒も現れた。すべての生徒が自分で考え、必要な行動を取っているのだ。
今回の授業で教え合いがクリアできず、最後まで黒板に名前が残ってしまったのは3人。授業の終盤、この3人に、「何人まではクリアできたの?」「惜しかったね! 次こそは、だね」と樋口先生は声をかける。
最後に、振り返りシートに今日の授業についての感想を各生徒が記入。「男女で話しができていたね」「途中でぼーっとしている人はいなかったかな?」など、樋口先生が生徒の活動を認め、授業を終える。
毎回、樋口先生は、振り返りシートにどんなナイスコメントが書かれているのか楽しみだという。授業に取り入れられるコメントはないか、生徒たちは学び合いの授業をどう受け止めているか、真剣に読み込む。
そして、生徒たちも次回は自分のコメントが選ばれるのではないかと期待して、自身の活動と振り返る。どう授業に関わるか、そして、その関わりによりどう社会に結びつく力を養えたのか。授業の中での学びを客観的に分析する主体的な学習者の姿が、そこにはあった。
(取材・原稿 佐藤智)
>>後編(樋口先生へのインタビュー)はこちら!!
北海道清水高等学校は、北海道十勝にある人文科学系列・自然科学系列・情報ビジネス系列・人間生活系列・生産技術系列の5つの系列からなる総合学科だ。アイスホッケー部や演劇部などが全国大会に出場し、進学希望者の90%が進学達成する文武両道を重視した学校だ。
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撮影
山辺 恵理子