マナビラボ

第21回

2016.09.28

いのちと向き合うことを学ぶ
【前編】

種子島高校生物生産科 子牛のせり市に密着

鹿児島県立種子島高等学校(以下、種子島高校)の生物生産科は、「種子島実業高等学校」を前身とし、さらに辿れば農林学校にルーツをもつという伝統ある学科である。生物生産科は、園芸コースと畜産コースの二つのコースからなる。なかでも同校の畜産コースの肉牛専攻では、例年、生徒自身が学校で生まれた子牛を飼育し、最終的にせり市に出すといったユニークな実践を行っている。「肉牛・養鶏」を担当する稲村浩一先生は、これまでも鹿児島県内の農業高校・農業科で教員を務められ、長く農業教育に携わってこられた。今回は、昨年生まれた子牛をせり市に出品するとの情報を聞きつけ、取材に伺った。

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●子牛のせり市に向けた思い

せり市の前日、校内にある牛舎にお邪魔すると、夏休み中にもかかわらずせっせと準備をする生徒の姿があった。

畜産コース肉牛専攻の3年生の前野さんと坂元さんは、翌日に控えたせり市に出品する二頭の牛を丁寧に洗い、ブラシをかけていた。二頭はそれぞれ「ゆうと号」と「純平号」との名前が付けられている。それぞれの名前は、前野さんと阪元さんの先輩からとったものだという。種子島高校では、産まれた子牛にそのとき在学している生徒の名前をつけるのが伝統だ。

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一般にはあまり知られていないが、肉牛飼育は「繁殖経営」と「肥育経営」の二段階をへて行われる。

「繁殖経営」は牛の出産と生まれた子牛を9ヶ月ほど育てるまでを担い、「肥育経営」は子牛を成牛に肥育して肉牛として出荷するまでを担っている。種子島では古くから繁殖経営が盛んで、種子島で生まれた子牛の多くが、日本各地でブランド牛として肥育されているという。こうしたわけで、種子島高校においても繁殖経営が行われている。種子島高校で産まれた子牛は約9ヶ月の間生徒の手によって大切に育てられ、種子島市場で開かれるせり市に出品されるのである。

 

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前野さんも、坂元さんも、翌日のせり市に向けて準備に余念がない。日々の演習やその集大成であるせり市への思いについてうかがった。

————— なぜ肉牛専攻を選んだのですか?きっかけを教えてください。

 

前野さん:お祖父さんが鶏を飼っていて、幼い頃から動物の世話をするのが好きでした。演習では鶏の飼育もしているのですが、牛の飼育にも興味があって専攻を決めました。

坂元さん:ぼくは今までとは違うことをしてみたくて。それで専攻を決めたところが大きいです。

 

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———— 実際に子牛を飼育してみてどうですか。

 

前野さん:家で飼っていた鶏とはやはり違います。世話をしていたら愛着が湧くのは同じですが、家畜とペットは違いますし、世話するのには神経をつかいます。祖父の鶏と遊ぶのとは違って、世話をする大変さを感じます。

坂元さん:高校に入ってから、勉強が楽しくなりました。それまでは、同じことの繰り返しのように感じてしまって、あまり身が入らないところがあったのですが、実際に自分が飼育している牛や鶏のこととなると、勉強するのが楽しいです。以前、牛の去勢を担当したのですが、その時失敗をしてしまって、結果的に牛に余計な苦痛を与えてしまいました。それを思うと切実にもっとちゃんとしておけばと、勉強にも身が入ります。

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————— 明日にせり市を控えて、いまの気持ちを教えてください。

 

前野さん:高値で売れてほしいという気持ちと、さみしさと両方です。

坂元さん:いい人に買い取ってほしいなと思います。

 

この日は牛舎のほかに鶏舎もみせていただいた。これらの施設の手入れも生徒たちが行っている。屋根の拡張工事や網の補修、看板の作成など、牛や鶏の世話だけではなく、こうした環境整備も畜産においてはかかせない。稲村先生は、こうした作業をできるかぎり自分たちの手で、いまある材料を生かして行うようにと指導している。一見しただけでは気がつかないが、ところどころに小さな工夫や試行錯誤の跡が見られる。こうした跡のひとつひとつがどれも学びの跡なのだろう。案内してくださった前野さん、坂元さんが語るエピソードはどれも生き生きしていた。

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●せり市当日

せり市当日、会場に向かうと稲村先生に引率され、緊張した面持ちの前野さん、坂元さんの姿があった。

会場には島外から訪れた肥育農家の方が多く詰め掛けていた。畜産農家の方も、競りの動向をじっと見つめる。アリーナ型の会場に一頭一頭牛が運びこまれ、競売が始まる。電光掲示板に表示された値段が上がっていく。バイヤーたちは買いの金額に達するまで手持ちのボタンを押し続け、買いの金額に達したらボタンを離す。最後までボタンを押していた人が落札だ。

この日、稲村先生が提示した目標落札額は70万円。

 

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まずは、緊張の面持ちの前野さんが「ゆうと号」とともに会場に入る。電光掲示板の数字があがり、65.7万で止まった。しばらく待つと、坂元さんと「純平号」が入場。こちらは62.2万円で落札された。

目標額には届かなかったものの、今回の競りの動向と、出品した牛が9ヶ月に達していないことなどを勘案するとまずまずの値がついたと、稲村先生も安堵の表情を浮かべていた。せり市に初めて参加した、前野さん、坂元さんは、「緊張しました。競りが終わってほっとした気持ちです」、「でも、購買者に割り振られた牛舎に牛を引いていくとき、これでお別れだなと寂しくなりました」と複雑な心境を振り返っていた。

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●畜産業の危機だからこそ求められる教育

一般の畜産農家の方と肩をならべてせり市に出るという経験は得難いものだろう。聞くと、種子島高校の生物生産科に所属する生徒のうち、家が専業農家である生徒は10%にとどまるという。そうしたなかで、畜産業の現場にふれることは、日々の授業や演習だけではなく、高齢化が進む畜産業のこれからを見据えた際、重要な意味をもつ。

実際にこれまでせり市に参加した生徒のなかには、子牛の値段が高騰していることに危惧を感じ、地元の新聞にその問題を問う記事を寄せた生徒もいたという。高値で売れたのだから喜ばしいことなのではないかと、思ってしまうが、畜産業全体のことを考えるとそう楽観もできないのだそうだ。というのも、子牛の値が上がっている背景には、繁殖牛の減少や、農家の高齢化がある。このまま、子牛の値段が上がっていけば、それに伴って肥育農家が切迫し、和牛の値段を上げざるをえない。和牛の高騰がつづけば、輸入の安い牛肉へと需要がながれ、日本の畜産全体が危機にさらされることになる。こうした気づきは、教室や校内での演習では実感をもってなされないだろう。


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牛を育て競りに出すということは、いのちと向き合うということと同時に、私たちが生きている社会と向き合うということでもある。そうしたジレンマのなかで生き抜くちからをどのように育むのか。稲村先生にお話しをうかがった。

 

>>後編に続く

 

 

manabihimitsu_tanegashima-5鹿児島県立種子島高等学校は、普通科・生物生産科・電気科の三つの学科からなる総合選択制の高等学校である。(旧)種子島高等学校と種子島実業高等学校が統合され平成18年に種子島高等学校として開校した。多様な進路希望の実現に向けて、生徒一人ひとりの人間力を育むことを目指すとともに、地域に根ざした教育を行い、次世代の育成に取り組んでいる。

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