マナビラボ

第22回

2016.10.05

いのちと向き合うことを学ぶ
【後編】

次世代の農業を支える経験の継承と共有

子牛の出産からせり市まで、生徒たちとともに日々いのちに向き合い続ける種子島高校生物生産科の稲村先生。いのちと自然を相手にすることを生業するとはどういうことなのか。生徒との試行錯誤を支えている稲村先生の思いをうかがった。

 

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愛情をそそがなくては畜産はできない。

 

————— 産まれた子牛に生徒の名前をつけるというのが、意外に感じたのですが。どのような意図があるのでしょうか。

 

稲村先生:家畜に名前をつけない方がいいという考えはありますし、それも間違いではないとは思います。ただ、畜産農家の方は実際には、家畜ではあるのだけれども家族のように大切に育てているのではないかと思います。やはり、愛情がなければ育てることはできないのではないかと。体調は細やかにチェックしなければならないので、毎日触れて体温をはじめとしてその日の様子を確かめることが大事です。それに、愛情をもって接している人には、牛の方も抵抗なく寄ってきてくれて、それは体調管理の面でも有効でもあります。

 

————— 愛情をもって接しているがゆえに感じる辛さや苦労もあると思うのですが。

 

稲村先生:そうですね。まずは丁寧に世話をすることが大切です。ただそうしていても、牛の体調が急に悪くなることはありますし、すべてを把握することは難しいです。ですから、朝、牛舎へ向かう道を歩いて、牛舎の手前のかどを曲がるときに、なにか嫌な予感というか、重い気持ちでそこを曲がることがあります。時には、亡くなってしまっているときもあります。ですので、つねにそういう不安や辛さとは隣り合わせです。

 

————— 愛情、畜産の知識や技能どれも欠くことはできないということなのですね。

 

稲村先生:最近では、アニマルウェルフェアについての議論など、家畜ができるかぎり苦痛を感じないように、快適環境をつくることの重要性が言われています。生徒たちは、日々の世話のなかで愛情をもって牛に接するということだけではなく、こうした世界的な動向についても学んでいます。坂元くんが話していましたが、例えば去勢の際にできるかぎり苦痛を与えないことなど、生徒たちは実際にそうした問題に向き合いながら学んでいっているのではないかと思います。

 

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農業は生き物が相手で、思うようにいく時もあれば、いかない時もある。そのとき、工夫してどうにか乗り越える力をつけてほしい。

 

————— 生き物を相手にすることのジレンマのなかで、生徒たちが学ぶことをどのように支えていらしゃるのでしょうか。

 

稲村先生:思うようにいかないときに、どうするか。それが私たちに負わされている大きな課題だと思っています。生き物が相手ですから、思いようにいかなくても、どうにか工夫してそれに対応しなければならない。ですので、自分で考えて、思うようにいかない事態から逃げずに対応していけるような力をつけさせたいというのがあります。

 

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————— 具体的にはどのような取り組みをされているのですか。

 

稲村先生:日々の実習では,指示された作業に必要な道具を自分で選択し,その道具を正しく効率よく使用する。最後はきちんと後始末ができる。簡単なことですが「ひとつの作業を完結させる」こと、また、生徒たちと、牛舎の屋根を拡張したり、学習に利用できるパネルや育すう器を作製したりということはこれまでもやってきました。その時、木材にしても道具にしても、今あるものや手近にあるものをできるだけ使ってやるようにしています。実際に農家ではそうした工夫が必要ですし、先ほどもお話したように、思い通りにいかなかったり、できることに制限や限界があるなかで、考えて、工夫する力が求められます。

 

————— 牛を育てるようになって、座学の勉強も楽しくなったという話を生徒さんからお聞きしました。工夫して乗り越える力と、座学での学びとの関係についてはどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

 

稲村先生:酪農に関する知識にかかわらず、たとえば、数学であったり、漢字を覚えるといったことも、演習のなかで直面する課題との関係で身につけていくようなところがあるかと思います。なにか課題があってはじめて、知識や技能を身につけることに対して生徒たちが取り組んでいくようになるのではないでしょうか。勉強に身が入るようになったという生徒の声もそういうところからきているかと思います。

 

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教師の経験がつねに問われる。

 

————— 生物生産科での取り組みを見せていただいて、本当に経験のなかで学ぶということが徹底されているように感じました。

 

稲村先生:そうですね。たとえば、肉牛専攻の演習がそうであるように、私たちにとっては経験のなかで学ぶというのが前提になっているように思います。また、演習では特に、生徒同士がお互いの作業から学び合ったり、連携して作業にあたることが当然必要になりますので、そういう意味では協働的であることも前提となっています。

 

————— 生物生産科が前提としているような経験のなかで学ぶということは、アクティブ・ラーニングを冠した普通科での試みにつながる部分があるかと思うのですが、いかがでしょうか。

 

稲村先生:そういう部分はあるのかもしれません。私にとっては、経験的な学びは前提であって、新しく入れるという発想はないですし、そういったことをことさら意識したことはなかったのですが…。ただ、農業科でやってきたことを振り返ると、経験のなかで学ぶことができるかどうかは、かなりの部分教師の力量にかかっているということは言っておかなければならないかと思います。とりわけ、畜産の分野ではシビアな問題です。教師自身にまったく経験のないことは演習で扱うことができません。ですので、演習でどこまでできるかは、教師自身の経験値によって限界づけられてしまうところがあります。経験には失敗が付きものですが、生き物を相手にしている場合、してはいけない失敗があるというのが、教師にも課せられています。

 

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————— 一方で稲村先生は積極的に新しい試みに取り組まれている印象を受けました。これからの取り組みについてお聞かせください。

 

稲村先生:私自身は種子島高校に赴任してから海辺に自生する野草(ハマボウフウなど)の生息調査をしたり、脳トレにボールジャグリングや磯歩きをしたりと、新しいことに挑戦することが好きですし、全くできなかったことや知らなかったことでも時間をかけてやっていればなにかつかめるというのを生徒たちに伝えたいという思いもあります。授業においては、新しい情報を積極的に示すようにしたり、生徒たちの関心を掻き立てられるようにと心がけています。そのうえで、思うようにいかないことでも、工夫して乗り越える力を養いたいというのが、やはり核心にあります。

 

 

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鹿児島県立種子島高等学校は、普通科・生物生産科・電気科の三つの学科からなる総合選択制の高等学校である。(旧)種子島高等学校と種子島実業高等学校が統合され平成18年に種子島高等学校として開校した。多様な進路希望の実現に向けて、生徒一人ひとりの人間力を育むことを目指すとともに、地域に根ざした教育を行い、次世代の育成に取り組んでいる。

  • 取材

    田中 智輝

  • 撮影

    松尾 駿

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