マナビラボ

第5回

2016.01.20

大きな視野を持つ学び
―細やかな問いかけで思考を促す―

三重県立津東高等学校(津東高校)の地理歴史科(地理)教諭、林仁大先生は、今年度から津東高校で教鞭を執っている。林先生は、5年ほど前から、講義形式の授業ではなく、グループワークを取り入れた授業を行ってきた。きっかけは、難関国立大学への進学を希望する生徒の指導にあたったとき、知識はあるのに論述ができないという問題に直面したことだという。その生徒の指導にあたる中で、今の教育にかかわる「アウトプットを苦手としている生徒が多い」という問題に気がついた。

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そのころ、林先生はキャリア教育における問題にも実践の中で気がついていた。放課後や長期休みを利用したイベント企画型のキャリア教育の取り組みは単発で終わることも多く、イベントが終わると生徒がキャリアについて継続に考えることは難しい。そこでイベント型のキャリア教育だけでなく、学校生活そのものがキャリア教育につながるような「日常型キャリア教育」を構成することで、相乗効果があらわれるはずだと考えた。生徒の学校生活は、授業を軸にして営まれている。そのため、学力の三要素を踏まえた上で日常的にキャリア教育につながる授業を志した。学力の向上につながる授業でありつつ、キャリア教育にもつながる授業を考えたとき、グループワークなどを取り入れたアウトプットも求められる授業に至った。「アクティブラーニング」と言われ始める頃のことである。

取材に訪れた2015年11月5日の授業は、グループでの前回の内容の振り返りから始まった。3人から6人のグループを作り、8分ほど確認事項の発問を全体に投げかけながら、クイズを出すように「これはなんですか?」、「これはどういうことやったかな?」と矢継ぎ早に個々のグループにも細かく発問して振り返りを行う。

今回の内容は農業の三形態について。「今日の授業に入ります」と切り替えた後、教科書の該当箇所を指示し、問題集にも言及しながら内容のテーマを5分で説明する。「前回までは自然地理が中心でした。今回から人文地理の内容に入ります。ここからは人びとの生活や営みから、地域、地域で成り立った考え方や伝統文化、特徴を理解していってもらいたいです」、と林先生は考えていた。そのため、歴史も積極的に関連させる。「歴史の内容に触れなくても授業をつくることはできますが、論理的思考力やアウトプットを身につけてもらうために、すでに生徒の中にある歴史などの知識やいろいろな考えを使っていきます」。

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「自給的農業、商業的農業、企業的農業」と板書し、商業的農業、企業的農業のイメージに触れた上で「今日は商業的農業の話やけど、その前に自給的農業の、「自給的」ってどういう意味? はい調べてみよう!」と促す。林先生が指名すると、「自分で作って自分で食べる」、「商品にしようとして作っていない」という答えが生徒から返ってきた。

それを受けて、「みんなのうちでも自分の家の土地で作ったものを食べてない? 日本では自給自足の文化がある。何万石の大名とかのこの「石」ってなんの単位?」と歴史的な方向にも展開する。「米をはかる容積の単位や。だから昔は、米持っとる人の勝ちやったわけや。それが、今は何持っとる人の勝ち? お金持っとる人の勝ちやけど、日本ではいつからそう変わったんですか」、と班でのグループワークを指示する。「日本でも、前は自給的農業やったけど、だんだん商品作物をつくる農業に変わってきてる。さあ、じゃあ商業的農業っていうのはどうやって生まれてきたのかっていうのを、今日は歴史的にいきたいと思います」と、商業的農業の歴史的な説明に入る。

商業的農業の説明は、中世ヨーロッパの三圃式農業から。「なんで休閑地を作らなあかんの?」、「化学肥料もないところで土地を休めたらどうなるの?」と、ここでも小刻みに発問して生徒の考えを促す。生徒も、一つ一つの問いに「栄養がなくなるからやな」、「どっかに書いてあったよな」と、教科書の記述を探したりお互いに確認しあいながら理由を考える。そこで、環境問題の復習を取り入れる。「これを地理的な言葉で言うとなんて言う? 地力回復のためやな。前、地力ってやったよな。環境問題のところで。なんでサヘルは不毛の土地になるんですか」。理由の一つである過耕作と関連させて地力を復習する。

 

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再びヨーロッパに戻りつつ、「ヨーロッパが中世から近代になるのってなにが起こってからですか」と、近代化に注目を促す。「近代はなにから始まった?」という問いには、生徒が「産業革命」と答える。「じゃあ、中世から近世は?」と重ねて問いかけ、時代の展開を改めて意識させる。生徒からルネサンスという答えが出てくると、ルネサンスから科学の復興、大航海時代、活版印刷術の登場による聖書の普及の流れを示し、宗教改革を経て産業革命によって資本主義社会の到来まで大きな歴史の展開を生徒に問いかけながら確認する。生徒は、問いかけに答えながら知識が結びついていくたびに納得の声を上げる。

資本主義社会の到来によって、混合農業が登場することを説明しているときにも、生徒同士で混合農業や単語について細かく知識を確認し合っている。「では、混合って何と何が混ざってんの?」。日本での例などを挙げながら、「穀物、飼料作物と家畜、両方やってます、というのが混合農業です」、と今日のメインのポイントを明示する。「この中で特徴的なのは、飼料作物。普通さ、農業するって言ったら人間の食べ物を作るやんか。でも、場所によってはむしろ、飼料作物を作って家畜育てんねん」。続いて、その理由。「ほんとはな、穀物も家畜も全部生産できるから、みんな混合農業がしたい。だけど、土地のこと、地形のこと、気候のこと等の条件もあるよな。寒すぎて金もうけの作物ができやんから、違うものを生産して特徴をつくる」。農業が分化していく理由が、歴史的な背景と合わさることでより明確になる。

 

08054351-2「西ヨーロッパ。ドイツとかフランスは何気候やった? はい言ってみて」、と説明の合間にも生徒を授業に参加させる細かな配慮がなされる。「ドイツとかフランスは、抜群の混合農業地域なんだけど、イギリスとかデンマークは寒いから酪農、スペインとか地中海沿岸は地中海式農業。オランダは、チューリップとか作ってる。売ってお金にするためやな。チューリップ食べる人おら
んやろ?」と笑いも誘いながら、ヨーロッパの農業の分布をイメージしやすく提示する。「地図思い浮かべて。フランスとドイツ、どっちが農業で豊かだと思う? 理由も述べよ。グループで、はい!」知識を用いて考えを深めてほしいところでは、説明の後にグループワークを積極的に取り入れる。生徒は、「フランスは……フランスパン?」、「ドイツは?」「ビールや」、「小麦」、などとイメージ、知識を出し合い、問いに向き合っている。先生は話し合いを止めず、「フランス、そのこころは?」と重ねて問いかける。生徒から「あったかい」、と答えが返ってくると、「そう、ドイツよりちょっとあったかい。なんで?」とさらに促す。生徒は、グループで「なんでやろ?」、「西岸海洋性気候ってことは……」と理由を考えあう。生徒に考えさせつつ、「暖流に近い、偏西風の影響を受けやすい。けど、ドイツまで来ると、東ヨーロッパ平原を勉強したけど、氷河で削られてできた侵食平野やから、それくらい寒い」と説明を加える。

「フランスとドイツを比べると、フランスは農業国やから、抜群に農業ができます。イメージとしては、土地がいいしあったかいし雨も降るから、小麦をよく作るんです。じゃあ家畜は、っていうと。フランス料理食べたことある? 何
肉、って言ったら、牛肉が多い。もう一個書くとするなら、ブドウ」。あわせて、ブドウの採れる地形と地方に触れる。「ドイツは、文化としてはジャガイモや。家畜は、豚や鶏で、ウインナーとかな。食文化としてリンクする。この2つの国の混合農業で混ざっているもの2つ書いたのは、穀物と家畜ってこと」と今日のテーマに戻ってくると、生徒から「あー、なるほどな」と声が上がり、50分の授業が終わった。

やりとりが軽妙であることはもちろんであるが、それを可能にしているのは、生徒の既有の知識やイメージを巧みに織り交ぜ、細かく発問とグループワークを取り入れて、生徒同士で知識を広げあったり、考えを深めることに多くの配慮がなされているためである。特別な内容や道具を必要としているわけではない。生徒の思考を止めることなく促す問いかけをテンポよく示していくことで、生徒は幅広い文脈の中で内容を理解し、知識を言葉にして伝えることができている。

 

 

>>後編はこちら

 

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三重県立津東高等学校は、津市に所在する公立普通科高等学校。「向学立志」を校是に、地域における進学校としての意欲、知識、思考力等を育むこと、自立・進取の気概を持って共に学び、共に成長し合える風土のある学校を目指している。

  • 取材

    堤 ひろゆき

  • 撮影

    山辺 恵理子

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