マナビラボ

第44回

2018.02.21

未来を見据えて今から考えるサスティナビリティの視点

後編

名古屋国際中学校・高等学校で学校設定科目のSIA特論(SIA=Sustainability In Action !)を担当されている黒宮祥男先生。国際教育の推進に関わる役割を担ってきた黒宮先生が構想・実践する“サスティナビリティ”を導くためのSIA特論のポイントとは何だろう?SIA特論の授業取材を通して見えてきたのは、授業づくりだけにはとどまらない学校づくりにまで及ぶ、「今」と「未来」をつなげる、一貫した思いだった。

08057266 (1)


-早速ですが、SIA特論のポイントについて教えて下さい。

黒宮先生:SIA特論のポイントは、持続可能な社会を導くために、「高校生に何ができるか」を考えることにあります。実際、生徒たちが大人になったとき、いろんなものにぶち当たるのだと思います。彼らにとって一番大切なことは、ぶち当たったときにどういう行動ができるか、です。今の世の中、インターネットや辞書で知識はあっという間に手に入りますが、それよりも圧倒的に必要とされているのは、手に入れた知識を処理する力の方です。手に入れた知識をもとに自分なりに考え、そこで生じた問題への解決法を創造して、他人が受け取れるようにプレゼンをしたり、論文を書いたりする力です。実際、グループワークをしたりプレゼンをしたりレポートに取り組むのは多くの場合が大学からですが、感受性が一番強いのは高校生のときだと思います。今のうちに基本的な土台を作っておけば、大学の段階では起業したり、海外に行ったり、そういった活動がしやすくなるのかな、と思います。もちろん座学も必要ですが、そうじゃないところも必要になってくると思うのです。今日の授業の最後に、生徒たちが「寝れない」って言っていましたよね。生徒たちはまず寝ないです。それは主体が生徒だからで、必ず何か作業したり、発言したりしているからです。ポイントはなるべく教員がしゃべり過ぎないことだと思っています。あくまでわれわれはファシリテーターのような役割で、わからない知識とか手法をその都度助言して、それ以外は生徒たちの頭の中で考えさせて…そのうえで背中をポンと押してあげると、本当にこちらが教えたい、生徒たちが学びたいことが、彼らの中でポンと出てくるのです。そうして気付いた方が圧倒的に効果はあるような気がします。今日のプレゼンのメンバーや質問者は相当疲れたと思います。あれだけプレッシャーをかけられているので。ただ、笑顔が多かったので、あれは学べている証拠なのではないかな、と思います。

08057361 (1)

 

-“高校生ならでは”といった発想が目立っていましたね。授業の始めに、おじさんの発想に触れてしまうとおじさんプランになってしまう、と言っていましたが…。

黒宮先生:本当に、そうです、所詮なんですよ。われわれ教員が学校祭とかを企画してもわれわれの発想は何となくはうまくいきますが所詮教員プラン。ただ、実際は生徒の世界なので、生徒が作り上げないと。生徒が考えると教員が思いつかない発想が出ます。われわれの老後社会は、今の若者が中心となって生きる社会です。彼らの大人になった世界は、彼らの世界なので、彼らが生み出した考えじゃないとたぶんうまくいかないと思います。たとえば、インスタ映えとかいう発想は、われわれには絶対にない…なるほどな、インスタ映えするようなところを作ればいいのだな、と思いました。佐久島のおじさんも、「みんなが写真撮りに来るんだよ」と言っていました。「とりあえず現代アートを入れてみたら、どんどんみんなが佐久島の自然とアートの写真を載っけて、そこから噂が広まってどんどん来るようになったんだ」と言っていて、全然思いもつかなかいことが起こったということでしたが、実際、これはたまたまの事例です。世の中には若者の発想によって解決する問題が山ほどあるのだと思います。だから、こうした学習を高校生のときにやっておかないと、と思ってやっています。

今年、本校の中学二年生は、佐久島に行っていて、そこで島民の方のお話を聞きました。ちょうど先週ですが、その中学二年生が近くの川に三人くらいでゴミを拾いに行ったそうです。土木事務所とかに電話をかけて「ゴミ拾っていいですか」と問い合わせをして。なぜ川かというと、佐久島に流れ着くゴミがほとんど河川からきたゴミで、それが外洋に出て、佐久島に全部集まってしまうからです。島民や観光客が佐久島を汚しているのではなくて、全然違う人たちが島を汚していることにその子たちは気づいて、「じゃ、何ができるか…とりあえずゴミ拾いに行こう!」という行動になったわけです。われわれが想定していないことがこうやって勝手に起こっているのです。これが、自主性だったり、創造性だったり、チャレンジ精神なのだと思います。今回のことも最終的にそういったことにつながったら、と思っています。

IMG-9565

IMG-9569 (1)

 

-「今、高校生ができること」に注目しつつも、生徒たちが自分たちの未来について考えることを重視しているようですが…。

黒宮先生:“サスティナビリティ”という言葉がありますよね。「持続可能な社会を作ること」と今言われていますが、「その社会ってどんな社会なのか」と言われると、基本的に未来を指すことが多いと思います。「未来の地球や地域、国はどうなっているのか」というふうに。その反面、今もよくないといけないと思うのです。たとえば、未来のために資源をもっと大切にしましょう、今もっと我慢しましょう、というのはあり得ない考え方で、今しっかり生活ができているからこそ未来がある…今の高校生ができることから未来を考えて動いていかないと難しいのかな、と思うのです。未来ばっかり考えて、ではなく、今自分たちの考えで活動できることを考えながらも未来を見据えていかないと“サスティナビリティ”ってなかなか身に付かないのではないでしょうか。

政治にしても経済にしても社会課題にしても、今の高校生にとっては、他人事、教科書の出来事なのです。どっかの国で苦しんでいる人がいて…ではなく、もっと身近に、その問題と自分が関わっている、自分の将来も関わっているということを実感してほしいと思っています。

08057265 (1)

 

-「今、高校生ができること」に注目する一方で、「今、高校生ができること」がより大きな社会全体の構造の中に位置付いていることについては…。

黒宮先生:踏み込みますね。踏み込むのですが、それをやると教科書の話になってしまいがちで、すごく難しい。段階を踏んでいったり、体験した人の話を聞いたりすることを大切にしています。たとえば、11月に国連関係の人を招いて話を聞くのですが、これは授業に換算すれば10時間以上の価値があると思います。そうした人たちも中学生、高校生を歩んできているので、生徒たちに、道を指し示してくれるのではないか…いろんな人に会うことで、多様な考え方を学んで、リンクさせていってほしいと思っています。高校生のうちにいろんな大人に会って、いろんな職業、生き方を知ってもらうことで視野は広がると思います。

子どもは一見勉強したくないようですが、知識を与えると喜びます。知りたいと思うことは、生きる上の本能だと思います。だだ、それが「勉強」というマイナスイメージとリンクしてしまっているだけで。今回の授業、おそらく彼らは「勉強」だとは思っていません。島を発展させる取り組みを遊び感覚で進めて、教員は何も言わない状況で、勝手にリフレクションまで進んでいましたね。

08057299 (1)

 

-SIA特論の評価はどのようにしていますか?

黒宮先生:本校の目標ないし育成する資質・能力を細分化して評価項目を作り、「何ができているか」見るようにしています。たとえば、学校目標の一つの「寛容な態度をもって問題を解決する能力」については、生徒たちの質問やリフレクションの様子から評価していますが、教員の感覚で評価するのではなく、具体的な項目を立て、項目毎に見るようにしています。これについては、授業の最初に生徒たちと簡単に共有しています。今回の授業は比較的評価しやすかったですが、授業中にこれをするのは難しい…アクティブ・ラーニング(以下、AL)の難しいところですね。

08057397 (1)

とはいえ、ALでは評価も重要です。今の子どもたちは、テストや成績に役立つかどうか気にしますが、大人の世界でもそうですよね。だけど、実際にやってみると、評価なんてすっかり忘れて、面白くて、議論が進んでいます。評価されるのは当然ですが、どのように評価されるのか、伝えておく必要があると思います。こうしたら良いということを知っていることが重要ですね。

また、今回の授業では、生徒たちに他者評価に取り組んでもらいましたが、それに関しては、教員から詳細に示すことはしていません。今の子たちは型にはまっちゃうからです。これだったらダメですよ、っていうのはありません。ただ、楽しかった、〜がよかったレベルから踏み込んだコメントをしっかり書けるかを見ようかなと思っています。「これとこれとこれは書いてね」とは言いますが、なるべく自由に、SIA特論は答えを出さないかたちで、どんなものでも評価したいと思っています。

IMG-9563 (1)

 

-SIA特論を支える三つの仮説として、貴校のホームページでは、サスティナビリティ、AL、ICTの観点が示されていますが、ALの観点について詳しく教えて下さい。

黒宮先生:ALという言葉は後付けです。もともとわれわれの活動は、アクションをしないといけないので、何かを調査して自分たちの解決法を考えていこうとすると、こういう授業になります。われわれの考えていることを実践に移すとALになるのです。自分たちはALで教えようなんて一切思っていなくて、「この方法じゃないと無理だよね」と言ってやってきた結果が、ALだったのです。ALという言葉が出てきたから、この言葉を当てはめたというかんじかもしれません。先生たちみんなで考えて、「これやろう、あれやろう」と言ってきて、「これがベストだね」と練り上げられたものが、いわゆるALという枠にはまったという感覚です。あるものがあって、それに当てはめたわけではなく、自分としては自分で作り出しているイメージです。こういう「まず自分たちで創造する」という教員の活動の姿勢は、生徒たちの学習を捉える視点と重なっていると思います。

08057247

 

-学校ぐるみでの研究会やカリキュラム・マネジメントの取り組みについてはどうですか?

黒宮先生:各先生に質問用紙を配っておいてディスカッションをしたりしますよ。たとえば、「職員室の環境を良くするためにはどうすればよいか」とか。カリキュラムについては各教科に任せているところもありますが、各教科の先生に「社会課題をカリキュラムに入れるにはどうすればよいか考えてきてください」と言って、今日の授業と同じワールド・カフェの形式で研修をしたこともあります。職員研修の内容については従来管理職が全て決めていたのですが、「半分くらいください」とお願いをして、SIA特論やSGHについての取り組みをより多くの教職員と一緒に考えていく時間として活用しています。新しいことをやっていくためには、情報をオープンにして、たくさんの先生たちに協力してもらうことが大事ですから。特に、若い先生たちに仕事を任せることですね。仕事を増やす、ということではなくてね。SIA特論に関しても、みんなで意見を出し合って、みんなでカリキュラムを作っていく感じで、ほとんどを若い人に任せています。

-今後の課題について教えて下さい。

黒宮先生:持続性ですね。ボランティアとか学校の取り組みの問題は、持続性がないということです。今やっているプロジェクトが10年後も続いているようにするためにはどうするのか、ということです。持続しないと歴史や伝統はできません。組織とか規則とかルールとかシラバスをしっかりして、その一方で、先生のやる気じゃないところをどうやって固めていくのか。学校だけではマンパワーが足りないので、地域の人や保護者や市、県から、「助けてあげるよ」と言ってもらえるようなものを作り出すにはどうすればよいのか。われわれだけでは絶対無理ですから。やっていることを正しいと信じてやるしかないのですが、いろんな人たちが「いいね」と言って協力をしてくれるようなことを、生徒主体でやっていけたら、と思っています。

08057432 (1)

 

-未来を見据えた今をファシリテートすることの重要性について話してくださった黒宮先生にとって、“サスティナビリティ”は、授業づくりから学校づくり(カリキュラム・マネジメント)までを貫くキーワードになっているように感じました。

本日はありがとうございました。

 

 

08057488名古屋国際中学校・高等学校の歴史は、1935(昭和10)年に創立した名古屋鉄道学校にまで遡ることができる。2003(平成15)年に名古屋国際中学校として開校して以来「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」の涵養という理念のもと、国際教育に力を入れてきた。SGHアソシエイト校である他、国際バカロレア・ディプロマプログラム認定校として、特色あるカリキュラムを実施している。

  • 取材

    渡邉 優子

  • 撮影

    村松 灯

MORE CONTENT

  • ニッポンのマナビいまの高校の授業とは!?
  • マナビをひらく!授業のひみつ
  • アクティブ・ラーナを育てる!学校づくり
  • 3分でわかる!マナビの理論
  • 15歳の未来予想図
  • 超高校生級!明日をつくるマナビの達人たち
  • どうするアクティブラーニング?先生のための相談室
  • 高校生ライターがいく
  • マナビの笑劇場