マナビラボ

第30回

2017.03.22

未来を切り拓く力を育む

リーダーシップを学ぶ家庭科の授業【前編】

生徒同士が教え合う家庭科教室

「家庭科の授業の中でリーダーシップ教育を行っている学校がある」と聞き、うかがったのは、都立高校の中でも上位校のひとつとして知られる東京都立駒場高校。授業前の家庭科室を覗くと、生徒たちはすでに集まっていて、なにやら慌ただしく準備に追われている様子だ。一方、授業を担当する家庭科の木村裕美先生は、背後から生徒たちをそっと見守る。果たして「リーダーシップを学べる家庭科授業」とは、いったいどのようなものなのか?

 

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駒場高校を訪れたのは11月15日、高校2年生の1,2時間目の授業だ。この日の授業のテーマは「食品の選択」。9月中から授業で「栄養素」について学び始め、3週間前から班ごとに「濃口しょうゆと薄口しょうゆ」「牛乳とヨーグルト」などの2つの食品の違いを調べ、どちらを担任の先生に勧めるかを決めるという5種類のミッションに取り組んできた。その日は、班毎に発表をする日なのだという。リーダーシップを学ぶといっても、扱う内容は極めて家庭科らしい内容だ。
 

授業が始まり、木村先生がルールを説明する。男女4人ずつ10班が前に出て3分ずつ発表を行っていくのだが、単に発表するだけではなく、同じテーマに取り組んだ2班が交互に発表し、どちらの発表がわかりやすかったかを生徒同士が評価し合いながら、勝敗を決めていくという形式だ。

 

濃口しょうゆと薄口しょうゆは何が違う?

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最初に配布したのは「発表評価表」。「論理的」「わかりやすさ」「調べの深さ」「発表の完成度」「発表態度」の5つの評価項目が用意されている。家庭科の授業ではあるが、発表の内容だけでなく、発表のやり方にも重点を置いた評価となっている。ここに、「すごい!(2点)」「できた!(1点)」「もうちょい…(0点)」で点数をつけていくということで、どの程度であれば2点になるのかなどの具体的な評価基準も示されている。「今回の発表の評価では、論理的に伝えられていたか、分かりやすいか、というところを重視して評価していきます。1人の持ち点は10点。これを班で合計し、高い方のチームが勝ち、ということになります。なお、持ち時間は2分以上3分以下です。3分を1秒でも超えた班は1点減点となりますので注意してください。では、発表準備に入ってください」。木村先生は発表の「わかりやすさ」「伝わりやすさ」にこだわる。その理由は「リーダーシップを発揮するためには、まず自分のやりたいこと、自分の意見や思いを相手に論理的に伝えられることが第一歩だと考えるからです。きちんと自分の考えを相手に伝えられる人になろう、というのが1年間の目標でもあります」

発表、評価のルールについての説明の後、生徒たちは班ごとに集まり、ノートを読み上げながら発表のリハーサルをしたり、発表時間を計ってみたり、模造紙に書かれた発表資料の完成度を高めたり、発表で使う小道具を手直ししてみたりと最終調整に余念がない。男女4名という人数の少なさもあるのか、各班とも全員が何かしらの役割を持って関わっている姿が印象的だ。

 

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15分ほどの準備時間の後、いよいよ発表が始まった。「では、ミッション1の8班どうぞ」木村先生は後方から生徒たちとともに発表を見守る。「私たちのミッションは濃口しょうゆと薄口しょうゆの違いです」。生徒たちは模造紙を指しながら、しょうゆの種類の説明や、濃口しょうゆが全国生産量の8割を占めていること、薄口しょうゆは近畿地方で主に使われており、濃口よりも塩分が高いが昆布出汁の風味や素材の色味を損なわない特徴があることなどを説明。「用途によって使い分けてほしい」と結論づけた。
発表が終わると、生徒たちは発表に対する評価、コメントを記入する。続いて同じテーマについて調べた6班は、「私たちがおすすめしたいのは濃口しょうゆです」と先に立場を明確にしてから発表をスタート。その理由を「生産量が多く手に入りやすい」「塩分量が低いので塩分の取りすぎを抑えられる」「使用用途が広く、オールマイティに使える」との3つにまとめ、理路整然と説明していた。

 

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ミッション2は「牛乳と飲むヨーグルト」の違いを探るもの。先行の5班の発表は、牛乳パックと飲むヨーグルトの容器を人形に見立てた人形劇から始まった。「牛乳とヨーグルトどちらにしようかしら~?」「飲むヨーグルトももとは牛乳。たいした違いはないよ」「いやいや、牛乳には消化しにくくお腹を壊す原因となる乳糖が含まれているんだ」「そうなんだ…」といった調子でテンポよく発表が進む。飲むヨーグルトの利点を次々に伝えた後、「我々はこれらの理由により飲むヨーグルトを担任の先生に推薦します」と結論づけた。一方の4班は、スーパーで「牛乳の妖精」と「ヨーグルトの妖精」に出会い、どちらがいいかそれぞれの話を聞く、という寸劇調の発表。

その後も、「バターとマーガリン」「コカ・コーラとコカ・コーラzero」「100%オレンジジュースとなっちゃんのオレンジジュース」といったミッションについて、非常に凝ったプレゼンテーションが続いた。中には、調べても詳しくわからない人工甘味料について実際に会社に問い合わせを行った班も。最後まで疑問が残る点については、「疑問点」や「分からなかったこと」として発表の一部として触れることになっている。これは、「世の中には、調べてもよく分からないことがいっぱいある、だからこそ考える必要があるということを自らわかってほしいと思っているので」という木村先生の方針だ。

 

リーダーシップの観点で授業を振り返る

 

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全ての発表が終わった後は、班ごとに評価ポイントを合計し、同じミッションの発表を行った2班ずつの勝敗を発表していく。「はい、ミッション1の勝者は…6班です!ミッション2は5班…」。勝敗が発表され、教室内は拍手で盛り上がり活気づく。最後に全班の中で最も合計点数が高かった班が発表された。このときの優勝は「濃口しょうゆと薄口しょうゆ」について発表した6班。「6班はとてもわかりやすい発表をしていましたね。では、なぜ評価が高かったのか、それを後で考えてみてほしいと思います」と木村先生。

次に「模造紙の評価」に移る。「みなさんが書いた模造紙の中で自分の班以外で最も良いと思うものに、付箋に一言コメントを書いて、貼ってください」。模造紙の評価ポイントは、①3つの項目(表示の比較・わかったこと・わからなかったこと)が記されている②伝わりやすいか③フォントやレイアウトが工夫されているか、の3項目。

生徒たちが付箋を貼り終わったところで、結果発表。「模造紙の評価の優勝はミッション2の4班です。コメントを読みますね。『シンプルでわかりやすい』『比較が分かりやすい』『色がはっきりしていて見やすい』。そうですね、シンプルで見やすいしフォントも図もはっきりしていて、バランスもいいですね。おめでとうございます…」。

 

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模造紙の発表が終わり、木村先生が話し始めた。「今回は、みなさんは資料製作に結構時間がかかったかと思うのですが、どうしたらより短時間で作れるかといったことにも挑戦してほしいです。伝えること、ということに関しては、6班、発表方法すばらしかったですね。短い時間ではっきりとわかりやすく、落ち着いてできていました。かつ内容も濃かったです。あと、5班の人形劇という方法も良かったですよね。こんな伝え方の方法があるんだな、というところは勉強になったと思います。家庭科の観点では、食品表示を比較する中で授業で学習したこととつながってきたかと思います。食品表示で多くのことが分かりますが、分からないこともある、ということも理解できたと思います。あと、食品は、その人の性別や年齢や健康状態、さらにその時々のニーズに合ったものを選ぶことが大事、ということも分かってもらえたのではないかと思います」

 

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木村先生は最後に授業全体を振り返り、言葉にする「リフレクション・シート」を配布。そこには、模造紙について、チーム学習について、細かく振り返りを促す項目が並んでいる。チーム学習内で「会話ができた」「質問ができた」「意見を言えた」「傾聴できた」「対話できた」などコミュニケーションについて問うものや、「チーム学習や発表を通してクラスメイトから学んだことは?」「点数が高かった班はどんなところが評価されたのか」「今回の経験や学習の成果を次にどんな場面で、どのように生かせるか?」など、家庭科の授業の振り返りというよりは、チーム活動自体について経験を振り返り言語化する内容だ。各自が黙々とリフレクション・シートを記入し、提出したところで、授業終了。

集まったリフレクション・シートには、「それぞれの適性に合わせて適材適所に人をつかうとうまくいく」「個の力を合わせ最大限に発揮した班の評価が高かった」「班員が楽しんでやることが大切」「将来、ビジネスでのプレゼンテーションに生かせそう」といった言葉が並び、生徒たちがしっかりとリーダーシップを意識していたことがうかがえる。生徒同士が教え合う家庭科の授業は、確かに「リーダーシップを学べる家庭科授業」となっていた。

>>後編につづく(3月29日公開予定!)

(取材・文章:井上佐保子)

 

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東京都立駒場高等学校は、東京都目黒区に所在する都立の高等学校。前身である東京府立第三高等女学校の創立から110年を超える伝統を持つ。普通科と保健体育科を設置し、その特色を活かした「21世紀を拓くリーダーを育てるハイレベルな文武両道」を推し進めている。

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