マナビラボ

第19回

2016.08.17

社会の扉を開くドキュメンタリー映画づくり【前編】

ドキュメンタリー映画制作を通して国際人を育てる ぐんま国際アカデミー学校設定教科「グローブ」の授業

群馬県太田市にあるぐんま国際アカデミーでは、高校1年生の生徒全員が、授業の一環として本格的なドキュメンタリー映画を制作し、発表会として映画祭を開催する、という取り組みを行っている。

同校では、この「ドキュメンタリー映画制作」を通してグローバル社会で活躍する人材が持つべき国際的素養の習得を目指しているという。いったい「映画制作」の授業とはどのようなものなのだろうか。そして、高校生たちはどのような映画を撮り、その過程でなにを学ぶのだろうか。ぐんま国際アカデミー高等部を取材した。
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「映画制作」授業を始めたきっかけ

ぐんま国際アカデミーは、一般の教科を英語で教える英語漬け教育、いわゆる英語イマージョン教育により、世界で活躍できる人材の育成を目指している小中高一貫校だ。国語以外の教科教育は、一部を除き日本人教員と外国人教員が協力しながら英語でおこなっている。学校内に一歩踏み入れると、掲示物がすべて英語になっており、校内放送も英語で行われるなど日本の一般的な高校とは異なる雰囲気だ。外国人の先生や外国籍の生徒の姿も見え、生徒と先生がごく自然に英語で談笑する姿があちこちで見られた。

「当校は2005年創立。創立10周年を前に、当初はSGH(スーパーグローバルハイスクール)の指定を受けられないかという思惑もあり、なにか新しいチャレンジをしていこうと、平成26年度より教育課程の中に『グローブ』という学校設定教科を設けました」と、「映画制作」授業誕生のきっかけについて話してくださったのは中高等部校長の吉田シヅエ先生だ。

「グローブ」は、教科の目的として「アクティブ・ラーニングを通してグローバル人材に必要な能力資質を高め、国際的な視点で地域の課題を考えることのできる人材を輩出すること」を掲げていた。この教科で、なにか独自の特色ある取り組みはできないかと議論を重ねる中で出てきたのが「ドキュメンタリー映画制作」だったという。

具体的には、4-5人のグループに分かれてグループ毎にテーマを決め、専門家の指導のもと、映画について学び、10〜15分程度の本格的なドキュメンタリー映画を制作。3月には全グループの作品を発表する「ドキュメンタリー映画祭」を開催する、というプログラムだ。

「このプログラムには、グローバル社会で活躍するリーダーが持つべき要素がすべて入っています。テーマ探しにより社会課題に関する関心を持ちますし、取材先選びから、実際の取材依頼、インタビューまで自分たちで行い、大人社会と関わることでコミュニケーションスキルを、答えのないテーマについて掘り下げて考える中でクリティカルシンキングを身につけることができます。また、英語ナレーション・英語字幕づくりには英語イマージョン教育で培った力を発揮することができます」(吉田校長)。

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この取り組みを発案したのは社会科の小田浩之先生だ。「グローブ」の取り組みとして、自身が興味を持っていた「ドキュメンタリー映画制作」を提案したところ、以前、市の記念行事として映画制作を行ったこともある学園理事長(太田市長)からも賛同が得られ、全国でも珍しい「高校で映画制作を学ぶ」授業づくりが始まった。

授業時間は、「グローブ」授業として35時間、他に「総合」の15時間を使い、残りは課外活動によって補った。2015年度の大まかなスケジュールは下記の通りだ。

4-7月 撮影の基礎、プロット(構成)の立て方、編集方法についてのレクチャー。練習用小作品(2分)の作成、本番用ドキュメンタリー企画、プロット(構成)表原案提出および修正指導
8-10月 各班取材・撮影・編集
11-2月 中間発表(11月)、各班追加撮影・編集
3月 「GKA校内ドキュメンタリー映画祭」開催(映画監督などの有識者、職員、生徒、学校関係者、取材対象者、地域住民などを招く)。優秀賞を選出

2016年度は、細かな授業内容の変更以外は概ね前年同様のスケジュールで行われる予定という。高校生向けの「映画」の授業とはいったいどのようなものなのか。2016年6月22日に行われた授業を見学させていただいた。

 

映像作家から英語で映画づくりを学ぶ

この日の「映画」授業は、ランチ後の5時間目「グローブ」、6時間目「総合学習」の時間を使って2時間連続で行われた。100人は入れそうな大教室には高校1年生全員、57名が集まっている。映像作家のトム・フリント先生が講師を務め、小田先生がアシスタントのような形でサポートに入る。後ろにはクラス担任の先生方も控え、授業を見守る。まずは、プリントの配布。英語イマージョン教育ということで、当然ながらプリントも講義もすべて英語だ。授業は、グループで活動を行うワークショップ型の授業と講義型授業の両方があり、今日の授業は講義型の授業だ。講義型授業は前半に多く、夏休み明けからは、各グループに分かれての映画制作作業が中心となるのだという。

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授業テーマは、「プロジェクト・ディベロップメント」つまり、映画制作プロジェクトの進め方について。トム先生は、「映画制作というものは、多くの役割の人が協力しあって作らなくては、成功しません」と、ディレクター、プロダクションマネジメント、カメラオペレーター…など、映画制作を行う上で欠かせない役割をひとつひとつ丁寧に英語で説明していく。「監督は制作過程で多くの決断をしていかなければなりません。監督の役割は重要です。同じ映画でもどの監督が作るかによって、まったく違ったものになります」。

 

演じる、絵を描く、話し合う
異なる活動で理解を促す

講義形式ではあるが、トム先生は、一方的に説明をするのではなく、頻繁に「ディレクターの役割って何だと思う?」などと生徒への問いかけをはさみ、生徒からの答えを引き出しながら授業を進めていく。講義が続いた後は、「良い監督が持つべき資質を4つ挙げてみましょう。3分でやってください」という指示があり、生徒たちはプリントに「リーダーシップ」「クリエイティビティ」「コミュニケーションスキル」などと書き出していく。講義形式であっても、講師によるレクチャーの後は、必ずその内容に関連するワークが組み込まれており、生徒たちの理解が進むような工夫がされていた。

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トム先生の講義は具体的かつ実践的だ。「ドキュメンタリー映画制作では多くの映像素材が大切です。通常、1分の映画のために、平均25分の映像素材が必要だと言われています。また、音も重要です。ドキュメンタリー映画の場合、どこかに取材に出かけたら、必ずその場所の環境音を1分間録音してきてください」などと、実際に映画制作時に必要なノウハウを伝えていく。

撮影に関しての講義では、実際に絵を描くなどのワークを通して「クローズアップ」「ロングショット」など、様々なショットやアングル、カメラの動かし方があることを伝え、撮影方法によって様々な表現ができることを学ぶ。「映画の冒頭で、建物や町の遠景から入っていくことがありますが、それは場所の状況、設定を知らせるエスタブリッシング・ショットと言います」と、いった説明に、生徒たちは「なるほど」とうなずいていた。「映画」という誰もが観たことのある身近な題材であるからこそ、生徒も関心を持ちやすいようだ。

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「ストラグル」を探して本質的なテーマを見出す

休憩をはさんで、2時間目からは具体的な進め方について。チームでインタビュー取材をする際に、各役割の人が何をするのか、どのように動くのかを確認するため、実際に一つのチームが前に出て、模擬取材を演じてもらい、場面ごとにトム先生が問いかけていく。「では、スティーブ先生にインタビューするとして、話を聞くディレクターはどこにいますか?カメラはその位置でいいですか?どのアングルがいいのか考えて。音声の人はもっと前に出ないと声が録音できないですよ」など、取材のロールプレイを行いながら、一つ一つの役割を視覚的に確認していく。

その後は、「プロジェクトの進め方」についての説明。ドキュメンタリー映画のテーマの見つけ方、テーマの深め方を5つのステップで丁寧に解説していく。トム先生と小田先生は、単にある「題材」を取り上げるのではなく、その「題材」を通して「ストラグル(葛藤、引っかかり、問題意識)」を探し出し、その映画で本当に描きたい本質的なテーマを見つけることが、ドキュメンタリー映画制作において最も重要なポイントであると強調する。「以前この授業で、高い山に登って氷河から氷を採集し、町の市場で売っているエクアドルの『最後の氷売り』についてのドキュメンタリーフィルムを観ました。あの映画は単に氷を採っている人の話ではなかったはずです。あの映画には、氷が誰にでも手に入る時代に消えつつある伝統文化を残す難しさという『ストラグル』が描かれていました。題材を通して見えてくる『ストラグル』こそ、その映画の本当のテーマ。それを見つけてください」。前年度、「お化け屋敷」を題材に撮影していた班も、最初はお化け屋敷はどうやって作られているのか?に興味を持っていたが、取材、撮影を進めるうち、「人間の恐怖心の正体とはなにか?」というところに関心が移り、映画のテーマは「人間の恐怖に対する心理」へと発展していったのだという。

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レクチャーの後は「ストラグル」、テーマを見つけ出す練習をするワークだ。黒板に張り出された3枚の少し不思議なイメージが描かれているポスターを見て、「これらのポスターが映画のポスターに見立て、そのテーマを考える」10分間ワークに取り組み、チーム毎に発表。スマートフォンに顔が吸い込まれているようなイメージのポスターに対して「テクノロジーがどのように人の生活を変えたのか」といったテーマが、「夢を追え」と書かれたポスターに対しては「最近の若者はなぜ大きな夢を描く人が少なくなっているのか」といったテーマが発表された。ワーク中、先生たちは歩きまわって、話し合いが止まっていたり、話が脱線しているチームに声をかけたり、相談に乗ったりしている。話し合いも時間が決まっているためか、それほど間延びすることなく授業はテンポよく進む。

最後はトム先生が「来週はいよいよ、チーム毎のプロジェクトを審査する『プロジェクト・ピッチ』です。みなさんのプレゼンテーションが良ければゴーサインが出ますし、ダメな場合はやり直しになりますよ」と声をかけて授業終了。生徒たちは、夏休み前までに映画の題材を決め、夏休み以降はいよいよ班ごとの取材・制作活動に入る。「ストラグル」本当のテーマ探しの旅はまだ始まったばかり。映画祭は来年の3月。生徒たちはいったいどんな映画を撮るのだろうか。

 

>>後編に続く

(取材・文章:井上佐保子)

 

GKA-14_Rぐんま国際アカデミーは、群馬県太田市で小中高一貫教育を行う私立学校である。2004年の設立以来、インターナショナルスクールではなく、教育基本法第1条に基づく日本の学校(一条校)でありながらも、英語で一般教科を学ぶ英語イマージョン教育を展開。2011年には国際バカロレアDPの認定を受ける。

  • 撮影

    松尾 駿

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