第3回
2018.12.05
世界は「不思議」に溢れてる!〜ハワイp4cの挑戦①〜
————確かに、学問としての哲学が「不思議に思う感覚」の妨げになることもあるように思います。例えば、学問的な知識が多すぎると、使う言葉が違ってきたりとか。
ジャクソン博士
そうなんです。「ワーワー(注:意味の実感できない術語)言わずに、リアルな言葉で話してくれませんか?」みたいな人いますよね(笑)。
哲学者プラトンは、哲学はいつ始まるのかと問いました。そして、それは「不思議に思う」ことから始まるのだと考えた。でも、彼は「不思議に思う」ことがいつ始まるのかは問いませんでした。私が思うに、それは私たちがこの世界に参入する最初の瞬間からです。子どもたちに囲まれていると、彼らはすでにたくさんのことを吸収して、「どうして、どうして、なんでこうなの?」と尋ねてきます。私たちはもともと、とっても哲学的なんですよね。私にとって小文字のpの哲学というのは、こうした意味で「私たちがどのようにして世界を理解していこうとしているか」ということなんです。
「不思議を織り合わせる」ことの豊かさ
ジャクソン博士
われわれはただ世界への「不思議」を育み、まず第一に子どもたちが安心してそこにいられる場所を提供したいと思っています。それが、みんなで「共に不思議に思う」ことができるサークル*です。この「共に」というのが重要で、私たちがやってきたことのなかで根本的だと思うのは、「子どもたちがいかにお互いを理解するようになるか」ということなんです。私自身は学校でそういう経験をしなかったし、多くの人がそうだろうと思います。というのも、クラスで一番大きくて重要な声は先生の声だったからです。(微笑みながらマナビラボスタッフを見つめて)ね、そうでしょう?
* p4c HIでは、ファシリテーターを含め参加者全員が円形(サークル)になって座り、互いの顔を見ながら対話を進めていく。
というわけで、サークル内にいる他の人が何を考えているのかを知ることは、本当に素晴らしいことです。一つの合意とか、一つの考えということではなくて、お互いの考えを一緒に織り合わせることで、私たち一人ひとりがお互いから豊かさを得られます。そうして、この世界についての理解を深め続けていくんです。特にここハワイが素晴らしいのは、子どもたちが互いに聞き合い、異なる文化的背景をもつ子どもたちから異なる情報を得るようになっているところです。彼らは異なるものを見て、異なるものを聞いて・・・あらゆることがそうなのです。彼らはこうした豊かさや柔軟さを得て、自分自身で考えたり問うたりすることができるという自信を持つわけです。
学校は私たちから「混乱する」ことを奪っている
ジャクソン博士
だから、私が言いたいのは、哲学的な術語を知らなくてもまったく問題ないということなんです。そして、この小文字のpの哲学という考えをつきつめていくと、結局のところ「子ども」というのも小文字のcの子どもなのだと思えてきます。「不思議に思う感覚」を持ち続け、深く問うことをしているかぎり、私たちはみんな「子ども」なんですよね。
————共に「不思議」を深めていくことで、私たちはどんな風に成長していけるのでしょうか。
ジャクソン博士
成長のあり方はいくつかあるだろうと思います。そのうちの一つは「混乱する」ということです。今までは思いもよらなかった新しい考えを聞く——ここに「織り合わせる」ということの豊かさがあります。そこから、「不思議」についてのより明確な答えが出てくるかもしれません。それと同時に「混乱」が生じることもあるでしょう。私たちは共に探究することを通じて、「混乱する」ことに対する感情的な強さや勇気をもって、成熟していきます。学校はしばしば、こうした「混乱する」という成長のあり方を私たちから奪っているように思います。「唯一の正しい答えがある」「試験のために勉強する」というような仕方で。私には正解はわかりませんし、だからこそ、子どもたちも本当の意味でそれを求めるようになっていくのだと思います。
(第2回に続く)
【Special Thanks】本取材では、マナビラボフレンズの山辺恵理子先生(都留文科大学)に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。
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取材
山辺 恵理子
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取材
田中 智輝
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取材
村松 灯
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撮影
田中 智輝