マナビラボ

第3回

2017.07.12

「マナビの変革を中心とした学校づくり」についてお話をうかがいました

今年度からスタートした「アクティブ・ラーナーを育てる学校づくり」コーナー.組織的なアクティブ・ラーニングの推進など,学校の変革を行っていくうえでの鍵はどんなところにあるのでしょうか.元高校の校長先生で,現在,東京大学大学院で高校の変革について研究している藤井幹夫先生に,お話をうかがいました.

 

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高校の組織の特徴

 

—– 藤井先生は神奈川県の高校でつとめてらっしゃったんですよね.これまでのキャリアについて少しお話しいただけますか?

藤井先生:神奈川県で高校の教員と管理職をあわせて26年間つとめてきました.2010年までは現場で働いていたんですが,その後教育センターでカリキュラムの調査と研修指導に従事していました.
2012年からは研究の世界に入って,今は埼玉県との共同研究などを通じて高校の学校改革に取り組んでいます.

 

—– 大学院に来られるようになったのは,何か経緯があったんですか?

藤井先生:学校の改革,特に,授業の変革を中心にした高校改革を教員時代から管理職にかけて手掛けてきたんですが,それを十分に果たせたという思いになれなかったんですよね(笑).
それが背景にあって,「どのようにしたら高校の改革がすすめられるんだろう」という問いに向き合おうという思いもあって,大学院に行くようになりました.
やっぱり,高校の改革って独特の課題があると思うんですよね.

 

—– どういったあたりが特徴的なんでしょうか.

藤井先生:ひとつは教員と管理職との専門性のズレがあると思うんですよね.例えば,小学校であれば校長先生もかつては教員として全教科を教えていたわけで,周りにいる教員と同様の専門性を持っているんですよね.だから実践の話をしやすい.
しかし,高校の場合,もともと社会の教員をしていた校長先生は,当然ながら数学の授業経験はなく,数学の先生とは違う専門性を持つという理解になってしまうんですよね.そういうこともあって,他教科にはあまり口出しにくく,組織的に動くのが難しいんですよ.
あとは,現状知見がたまっていないところでしょうか.小学校中学校に比べて,高等学校の特色をふまえた具体的な改善や変革のプロセスについて,成功事例やうまくいくための知恵みたいなものがまだ蓄積されてないんですよね.政策を実現するための実施プロセスに関する知見が不足しているという見方もできると思います.
だからこそ自分がやってみたいとも思うわけですが(笑)

 

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アクティブ・ラーニングは教科をこえて寄って立ちうるポイント

 

—– 成功事例は少ないとのことですが,藤井先生が今かかわっている学校の中で,ヒントになりそうなことってありますか?

藤井先生:うーん.やっぱり「これ」っていうような決め手になるようなものはまだはっきりしてないですね.ただ,今は一つのチャンスだと思っています.
というのも,教科の内容に関わることであれば,先ほども言ったように専門性の違いから教科をこえて協働するということがしづらくなってしまいます.ただ,授業や学習の方法に関しては,違う教科の人とも語りうるんですよね.つまり,教科が異なっていても,ともに寄って立つポイントになりうるんですよね.
それから,どこの学校にも個として能力の高い人はいて,それぞれ個人で研鑽している人は必ずいます.そういう力のある人たちが「おもしろい!」とか「なるほど」と思えるような,つまり,学習観・指導観が変わるような仕組みとかきっかけさえあれば,変わっていくと思います.

 

—– どんな風に変わっていくんでしょうか.具体的な事例などがあれば教えていただけますか

藤井先生:いま調べている学校でも,学校全体で一気に変わっていくというよりは,そういう核になる先生の周囲から動きがはじまっている場合があります.誰かが「突破者」になって他の教科や分掌に飛び火するような形で広まっていくと思います.
例えば,調査した学校の中に工業高校があるんですが,工業高校って技術者を育てるっていう使命のもとで,結構,厳しい指導が行われることが多いんですよね.ただ,最近は様々な課題を抱えた子も多く入るようになってて,そこが共通の悩みになってたんですよ.例えば,工業高校ではたくさんの実習があるわけですけど,実習のあとの手書きレポートが書けないとか.そういったところでついていけなくて,進級できない生徒がたくさん出るようになってきてしまってたんですよね.で,そこの要因をいろいろ見てみると,例えば,漢字を書くのが苦手なケースとか,実習自体の学びはちゃんとできているのに文章にするのが苦手でレポートが書けないとか,それぞれに課題を抱えてたんですよね.
そこで,ある先生が周りに「パソコンで書くのを認めてくれ」って提案したんですよね.つまり,そうすると漢字で書けない子は助かるんですよ.単純な方法ではあるんですけど,そういったこととか,あるいは、ひとりではできないけれど、みんなで集まってレポートを書くようにしたりとかね.
そしたら,その結果が少しずつ出るようになったんですよね.提出できなかった子ができるようになったんです.

 

—– へぇ.実際にそういう結果が出てくると,大きなうねりになっていきそうですね.ところで.その変化が起きたきっかけは何だったんですか?

藤井先生:まずは,研修の担当者が,課題のある子への指導方法を検討する意味をこめて,特別支援教育の研修をやったんですよね.そしたら,何人か理解者が出てきた.個に応じた学び方みたいなもの,うちの科でもやってみたらどうかなって.
それで,やっぱりキーパーソンはミドル層で,主任が「やり方かえよう」ってその動きに反応してくれたんですよね.ただ,それでいきなりバッと変えちゃうといろいろ反対を起こしてしまうんで,一人一人の先生と話をしてコミュニケーションをとっていって,実例も少し見せたりして.
そういうプロセスを経て,ある時から科の全体でやろうってなったんですよね.それで,ある年度の最後に,その科でレポートが出せてなかった二十数人を集めて書けるように支援してみましょうってなったんですよね.

そしたら,,,その結果が良かったんですよねぇ.で,その科が変わっていったと.

—– なるほど.そういうプロセスだったんですね.

 

 

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教員のアンラーニング

 

—– 変化に至る過程では,先生たち自身にも様々な変化が起きてそうですね.

藤井先生:ポイントは,「なるほど,こういうやり方ならば,方法を多様化することで,自分たちの教科の目的を実現できる」って理解できたってことなんですよ.目的とか内容は変えずに,面白いって思う人が増えてきて.
これは,言ってみるとアンラーニング(※学習棄却.それまで持っていた価値観・信念・持論をいったん棄却し,再構成すること)だと思います.新しいものを学ぶだけではなくて,指導観の転換のようなものが伴うと先生が変わるし,面白いと思うし,新しいことをどんどん学んでいく.そうなってくれると,今度はその先生は改革の力になってくれる.
そういう意味では,上からの強い改革案で,トップダウンだけで押し切ろうとすると,消極的な同調にしかならない.先生が「まあ仕方がないや」って形でやると,結果が出ないんですね.子どもたちの反応も薄いですから.でも、先生たちが子どもたちの課題を見て,そこに狙いを定めて「これだ」って思ってやると,力のある先生が多いから,良い方向に変化する可能性は高いと思います.
アクティブ・ラーニングもそこがミソで,形だけ,授業の途中でグループワーク入れて,発表させて,というようなことをやってみても,子どもたちの関心とか,子どもたちの力とか,それからどこが面白いのかってことを先生たちが積極的に掘り込んで掘り起こしてカリキュラム化していかないと.そういう意味で先生たちが「なるほど」と思う面白さがないとうまくいかないですね.

 

 

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アンラーニングをひきだす学校管理職の関わり

 

—– 管理職の関わりはどんなものがあったんでしょうか.

藤井先生:やっぱり管理職は重要ですよね.さきほどの工業高校の例においても,特別支援の研修に力を入れてみようとまず動いたのは校長先生だったんですよね.
管理職には,改革をすすめる力が要求されると思います.先生たちが「面白い」と思える形に,アクティブ・ラーニングなり,カリキュラムマネジメントなりの趣旨を具体化できる現場のマネージャーとしての働きが必要だと思います.うちの学校はこういう状況で,生徒の関係はこうで,先生たちのメンバーはどうで,ということをふまえて具体的に何ができるか.それを,ミドルから管理職のレベルのなかで生み出せるかどうかが分かれ目ですね.
それは,ただただ流れにのって,通り一遍の学校目標を設定したり,通り一遍の研究開発や研修をしたってできるようになるわけじゃできない.

 

—– 国や教育委員会の流れを受けつつ,先生たちのハラオチにつなげていくような関わりが必要なわけですね.校長先生たちは,そういう力をどうやってつけていったらいいんでしょうか.

藤井先生:難しいところですよね.
小学校の先生は若いときから同僚たちの先頭に立って授業開発をやってきたような人が比較的多いんですよね.だから,アイデアマンだし,コミュニケーション力も高いし.
高校の校長先生は,どちらかというと専門家的で,やることは管理に近い.高校は人数が多くて専門性が多様で,というような状況があって,管理職の影響力が限定的なように思うんですよね.なので,事故を防止するとか管理的なところに注力していく傾向があるんだと思います.
それはもちろん大事なんですけど,今求められているのは,質的な改善なんですよね.リーダーシップにしても,支援的なというか,育成的な視点で関わるという,これは今まで高校にはあまり要求されてこなかったところでもあるんですよね.
校長自身が,校内の誰かの実践の中に「この先生のこのやり方が鍵」という先生を見つけて,その先生をムリのない形で学校の中心に据えるっていうのは,一つのやり方かもしれませんね.

 

 

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子どもたちが反応してくれる喜び.これには抗えない.

 

—– 高校の先生で面白い実践をやっている先生は,その教科のことが大好きで,ちょっと尖がった人が多いと思うんでしょね.コミュニケーションを豊かにしてコミュニティーを作っていくマネジメント,だけじゃなくて,抜きんでた存在とか変わり者みたいな人たちをどうつなげていくか,というようなことも必要な気がするんですよね.

藤井先生:高校の先生って,授業を先頭に立ってひっぱっちゃうところがあると思うんですよね.圧倒的な知識量と話の魅力とで生徒は引っ張れるんですが,それは,その教科に元々興味のある生徒には魅力的だと思うのですが、生徒の学習活動が中心の授業ではないですよね.だから,大きなアンラーニングが必要なんですよ.それだけの専門知識と熱意を持っている人がアンラーニングして,授業の主人公を先生から生徒に譲り渡して、裏方のファシリテーターとしてのノウハウや面白さを身に着けてくれると,劇的に変わると思います.

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—- とすると,その先生たちをアンラーニングに差し向けるようなスクールリーダーやミドルリーダーが重要なわけですよね.新しいやり方すると子どもが変わる可能性があるよ、っていう面白さをどこまで伝えられるかっていうところがポイントになるんですかね.

藤井先生:まず当事者が気が付くことは重要ですが,それに加えて,同僚たちをどう説得するかってことを考えてくれる人が出てくると大きいですよね,さっきの工業高校で言うと,特別支援教育の先生はその点で成功したと思います.先生たちの考え方を転換した.
つまり,先生たちは気が付いてなかったんですよね.内容ではなくて,方法については一通りのやり方でしか教えてなかったってことに気づいてなかった.ところが現実の生徒たちの得意な学び方は多様で,先生が要求する学び方に合わせることが難しい生徒もいた.なので,生徒たちの得意な,特性に合わせた学び方も選べるようにしながら,習得できるようにしたんですよね.
結果卒業率もあがったし,やってる先生たちも,なるほどそうだったのか,とか,面白いと思う先生が増えてったんですよ.そういった価値転換が起きると,どこの高校の先生も面白いって思ってくれると思います.なにしろ,眠ってたり,黙ってノート取って,無反応だった子どもたちが反応してくれるようになるのは,先生にとってはもう喜び.これだけは抗えない.アクティブ・ラーニングはそういう可能性を持っていると思います.

 

—– ありがとうございます.高校が徐々に変わっていくような姿が少し想像できたように思います.最後に,今のアクティブ・ラーニングに関わる社会の流れ,それは子どもたちによってどういう意味を持つか,お考えを聞かせてください.

藤井先生:そもそも,最終的な目標は,自分が受けた情報に対して自分なりに再構成していけるようなアクティブ・ラーナーになっていくことかなと思うんですよね.自分で自分なりの学び方を心得ているというような.
そのための大きなきっかけがアクティブ・ラーニングを重視した授業かなと思います.それを経て,子どもたちが自分なりの学習方法について柔軟に選び、創り出していけるようになるような力を得ていくこと,それが大事だと思います.

 

—– なるほど.自分らしい学び方を知るということは,生涯を通じて重要な力になっていきそうですね.私たちもこの流れに貢献できたらと思います.
本日は貴重なお話,ありがとうございました.

 

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  • 取材

    田中 智輝

  • 取材

    村松 灯

  • 取材

    町支 大祐

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