第10回
2020.05.06
コミュニケーションツールとしての教室空間
前半
アメリカの高校事情についてご紹介するこのシリーズ。
今回は、生徒たちが生活する教室空間を中心にアメリカの高校をご紹介します。
アメリカの学校は地域によっても、学校によっても、そこで働く先生によっても特徴が全く異なります。今回も一人の先生にご協力いただき、一つの学校に焦点を絞って教室空間を見せていただくことにしました。
学校の中を見せてくださったのは、バージニア州ベッドフォード郡にあるリバティ高校の英語科に所属する、マシュー先生です。
ご自身の教室の前に立つマシュー先生
リバティ高校は1960年代に設立された公立高校です。9年生から12年生が通う高校なので、日本で言うと中学3年生から高校3年生までの4学年を対象にした学校、ということになります。
生徒数は約800人。各学年に約200人の生徒が在籍する、大きな学校です。ベッドフォード郡の中にある3つの高校の中でも中心に位置するため、学区がとても広く、中には車で1時間かけて通学している生徒もいるそうです。
地元の企業や、教会ともパートナーシップがあり、授業の一貫でインターンシップも行っています。(アメリカの、特に田舎の地域にある教会は、宗教団体としてではなくコミュニティセンターとしての役割を担っていることがあります。リバティ高校も宗教的なつながりではなく、コミュニティのつながりとして教会とタッグを組んでいるようです。)
それではここからは、写真と一緒にキャンパスツアー風に学校の中をご紹介したいと思います。
まずは学校の正面玄関です。アメリカ中のどの学校もそうであるように、入り口には星条旗が掲げられています。
星条旗がなびくエントランス
事務所や教室のある正面のビルを抜けると、大きなキャンパスが広がります。
広大なキャンパス1
広大なキャンパス2
広々とした敷地に1階建ての建物群が広がるこのスタイルは、1960年代に流行したカルフォルニアキャンパスと呼ばれるものだと、マシュー先生が教えてくださいました。
建物の中に入って、まずはマシュー先生の英語の教室を見させてもらいました。
入り口には、マシュー先生が大好きだという植物と、本で形づくられた暖炉、サンタクロース、クリスマスツリーが飾られています。担当教室の前の廊下は、それぞれ教室の先生が自由に装飾していいスペースなのだそうです。マシュー先生は英語の先生ということで、本をふんだんに使ったデコレーションが印象的でした。
訪問時が12月だったためクリスマスモード
この空間は生徒とのコミュニケーションを取る上でとても大切だと、マシュー先生は語ります。マシュー先生の授業をとっていなくても、教室前のデコレーションを見て先生に話しかけてくる生徒もいるそうです。
教室の中に入ると、日本の「教室」のイメージとは少し違った風景が広がっていました。
机は向いている方向がバラバラで、あまり統一感の感じられない配置です。
「生徒が居心地のいい場所に座ることが大切。その日、一番集中できるところに座ればいいんだ」とマシュー先生。写真の右手のほうにある、少し座高の高い椅子も先生用というわけではなく、生徒が座ることもあるとのこと。座席も決まっているわけではなく、特別な時を除いては、先生から座る場所を指定することはないそうです。
ここで私から質問。座席表がなくて、生徒の名前をどう覚えるのでしょうか。
マシュー先生は笑いながらこう答えてくれました。「クラスが始まる3日前から写真を見ながら覚えるよ。席では覚えない。僕は自分がいつも後ろの席に座らされていた嫌な思い出があるから、同じ思いを生徒にはさせたくないんだ。」
生徒がマシュー先生の英語の授業を受ける教室
バージニア州には、英語のクラスの人数を24名以内にするべきだと記したガイドラインがあります。そのため、受講する生徒の人数は日本のひと学級と比べると少ない人数ではあります。
先生方の超多忙なスケージュルやひとクラスの生徒の人数を考えると、事前に生徒の名前を覚えることは、日本の学校では現実的ではないかもしれません。また、クラスマネジメントのことを考えるとついつい黒板(=前)に向かって机を並べる形にしてしまいがちです。しかしマシュー先生のお話を聞くと、生徒の集中しやすさを基盤に考えた配置であれば、先生の方を向いていなくてもクラスマネジメントはうまくいくのかも、という気がしてきます。
前述したマシュー先生の言葉を見てもマシュー先生が生徒思いの優しい先生だということは明らかですが、そんな先生の心遣いが垣間見えるものがもう一つありました。
マシュー先生の授業をとっていない生徒も見ることのできる、教室のドアの廊下側に貼ってあるメッセージカードです。マシュー先生のお写真の横に「HAVE A GREAT DAY ! (良い1日を!)」と書かれたこのカード。カードを通して、マシュー先生がこの廊下を通るすべての人たちに話しかけているように感じられました。このカードには、先生の側から大きく手を広げ、言葉を使わずとも会話を投げかけ、それに対するどんな反応も包み込むようなお人柄がとても正確に映し出されています。
教室の入り口にあるメッセージカード
最後にもう一つ、マシュー先生の教室の中で面白かったものをご紹介します。
教室の壁に飾られた一つの肖像画。スターウォーズの登場人物、アクバー提督の肖像画です。マシュー先生はスターウォーズの大ファン。この壁の肖像画を見ただけで、「先生、スターウォーズ好きなの?」と先生に話しかける生徒の姿が容易に想像できました。
壁にかけられたアクバー提督の肖像画
思えば、マシュー先生の教室空間にはこういった「生徒側から先生に話しかけるきっかけ」になりそうな仕掛けがたくさんあります。どこが前なのかもわからないためどう座ったら良いのかわからない机の配置、誰が座るのか思わず聞きたくなってしまうような椅子、廊下のメッセージカードを含めた教室前のデコレーション、壁にかけられた肖像画……。
一方的に先生から話すのではなく、生徒が質問したくなる環境を作る。生徒から質問が発せられれば、たとえそれが授業に関係のないことであっても、生徒と先生のコミュニケーションが始まります。そのコミュニケーションの延長線上に授業があり、授業の延長線上に学校生活がある。マシュー先生の教室空間からは、そんな一連のつながりが感じられました。
授業中に自分ばかりが喋ってしまい、生徒からの意見が出てこない、とお悩みの先生には、マシュー先生の教室空間が少しでも参考になればと思います。
次回は引き続きマシュー先生にご案内いただいたリバティー高校の他の先生の教室をご紹介します!
(取材・文章 湯田 晴子)