マナビラボ

第5回

2016.01.13

「学力」の基準にまだ入らない何か
今村久美 x 中原淳(中編)

教科の外にある社会との接続を通して学ぶ高校生たちを支援

 

ラボ長の中原が、教育に熱意のある著名人の方をお招きして「これからの社会」や「これからの教育」について、ざっくばらんに語り合います。

2016年初のゲストは、NPOカタリバの代表理事、今村久美さん!

前編では「なぜ、大学にいくのか?」を問い続けた高校生活などについて伺いましたが、中編の今回は、その後出会った高校生たちとのエピソードを通して、子どもたちが社会との接続を通して「格好いい」の基準を増やしていく様子や、「オーナーシップ(ownership)」を持って取り組む活動を応援していきたいという思いを語ってくださいました。

 

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中原:    いま現状で(1年に)2万人くらいの高校生が(カタリバのプログラムを)受けられているっておっしゃっていたんだけど、これまでにさ。何万人ってお会いになられていると思うけど、印象に残っている高校生とかっています?

 

今村:    そうですね。カタリバの取り組みの中で会った子ではなくて、大学生のときにカタリバを立ち上げるきっかけとなっている……まあ、(当時は)そんな意識もしていなかったんですけど、毎年毎年、高校生に優しい人みたいな感じだったからかわからないんですけど、「母校の子がAO入試を受けるからちょっと見てあげてよ」みたいな依頼がなんか毎年来るっていう。

うちに泊めながら大学を案内したり。高校生のときに先生にやってもらったようなことを高校生にやって……やっぱり人はしてもらったことを人に返すんだなと思うんですけど、そういうことをよくやっていて。

 

そのときに会った男の子が、とりあえず「やりたいことなんて別にありません」っていう暗い子だったんですね。

 

中原:    「別にないです」「特にないです」みたいなのね。

 

今村:    でも、理系ではある、と。なぜならば、数学が得意だから、という理由で。

それで、親からも「理系を選んでおいた方が、潰しが効くから」って言われて、だから「文系じゃなくて理系の学部に行きなさい」ということだけは決めていた、と。

 

中原:    ああ。「潰しが効く」ね…

 

今村:    あるパターンですよね。(笑)

「潰しが効く」ってなんなんでしょう…

 

中原:    「潰しが効く」って、なんかあれですよね。不思議な言葉ですよね。

なんで「角を立てなさい」って言わないんだろうなって思う。(笑)

 

今村:    確かにそうですね。

 

中原:    なんで「潰しが効く」っていう言葉を……まあ、いいや。これ大筋じゃない。(笑)

 

今村:    でも、それって結構重要だと思っていて。

不思議なんですけど、高校のときって「文転するのはいつでもできる」っていう言葉がありますよね。

 

中原:    ああ、よく言う。

 

今村:    理系に走っておけば、いつでも文系には走れるからって言うんですけど、それって、テストの点数が、それこそ(前編の話で出た)「モノサシがいくつもある」ってことを知らない、いくつかのモノサシしかない学校環境の中で、点数の取りやすさとか学びやすさで言うと、「暗記しやすい」ということなのかな、って思うんですよね。

 

中原:    暗記しやすい。でも、全然興味持てないと思うんだよね。文系に好きじゃなくて来たってさ。

 

今村:    そうですよね。

 

中原:    いやあ、僕「潰しが効く」とか、さっきの「文転」?(笑)

今になって考えれば不思議な言葉だけど…

 

今村:    文系なんですか?

 

中原:    僕はバリバリ文系ですよ。

 

今村:    そうですか。この研究室自体も?

 

中原:    文系、うーん、まあ文系でしょうね。

 

今村:    でも不思議ですよね。「科学」してるわけですもんね。

 

中原:    最近なんか気色悪いけどね。(笑)

 

今村:    (笑)

そう、「文系ですか?理系ですか?」っていう言葉も非常に難しいんですけど。私もわからない…

 

中原:    うん、なんか(どっちかはっきり)言いにくいですよね。

ちなみに、その理系の子はどうなさったんですか?

 

今村:    理系の子は、「やりたいことがない」と言っていて、「好きなこととか、今はまっているものは何なの?」って聞いたら、「実は秘密にしていたんだけど、こんなこと言っていいのかな?」みたいな感じで、実はゲームオタクだったわけですね。

 

中原:    おお、なるほど。

 

今村:    それで、ゲームのキャラクターの、なんかちょっと萌えキャラみたいなやつを見せてくれたんですけど。その子との話のとっかかりがそこしかなかったので、「じゃあ、ゲームをするだけじゃなくてつくっている人がいるから、ちょっとおいでよ」と言って、大学のとある研究室に連れて行って……今でも冨田(勝)先生っていう方がSFCにいらっしゃるので、その方の研究室に連れて行って。そこのお弟子さんというか学生の方にみてもらったんですね。そうしたら、その学生の子が、簡単なプログラミングの超基礎の基礎の基礎だと思うんですけど、5行くらいコマンドを書いてくれたんですね。そうしたら、こう(一直線上に)進むだけのものだったのが、こう行って(途中で曲がって)こう行った、みたいなのを…

 

中原:    こう動いたよ、みたいなことね。

 

今村:    はい。それで彼は、これまでやる対象だったゲームが、自分でつくる対象だというのを見ることによって、これってすごく…「オブジェクト思考っていうのがあってね」とかっていう話を大学生がとうとうとしてくれるわけですよ。「いま数学で学んでいることも、こういうプログラミング言語に置き換えると…」みたいな話を熱く語ってくれて、たぶんその高校生の子は、「あ、あのひとはゲームをつくる中で、今やっていることが楽しいんだろうな」っていう風に感じて、触発されたんですよね。

 

だから、ただ単に「理系は潰しが効くから」とか言っていた子が、ものすごくその分野が好きで研究している先輩に出会って熱く語られたことによって、それまでになかった「格好よさ」の軸が追加されて、「こういう感じって進路選びにつながるんだな」という気づきになって、今でもがんばって研究を続けていて。

最近はちょっともう連絡をとっていなくて、どこにいるのかもわかりませんけど、人工知能のことをずっと学生時代研究するところまでやってたってところまで知っているんですけど。

 

そういう感じで、教科……学校の中で教科で学んでいたことも、実はそのとっかかりになる大学での研究での学びと接続することもできるし、もうちょっと歪曲して自分の好きなことからつなぐこともできるんだな、っていうことを高校生のときに気づけたらいいんだろうな、って思って見ていました。

 

中原:    今の話に関連して、ちょっと信念っぽいことなんだけど、自分で自分を変えられるひとってあんまり多くなくてさ。かつ他人にも、なかなか他人を変えることって難しくて。

 

今村:    うん。

 

中原:    できることって、そういう「出会い」。

結果として、まあもちろん100%じゃないんだけど、変わるきっかけになるような出会いくらいだったらつくることはできるのかな、って思いますけどね。

よかったね、その子。そういう風に広がっていって。

 

今村:    そうなんですよね。

まあ、(今は)どうなったかは知りませんけど、「犬も歩けば棒にあたる」じゃないんですけど、「ゲームが好きだな」とか、「勉強をとりあえずやってきた」というものが、いつかつながって、しかも出会った人の感性と接続したことで、ぎゅぎゅっとつながった、というのがすごくよかったと思います。

 

中原:    カタリバも事業として割と安定的に発展してきて…

 

今村:    安定っていうか…

 

中原:    安定してないの?(笑)

 

今村:    全く安定はしてませけど、はい。

 

中原:    震災のときは、震災支援で(岩手県)大槌町とか(宮城県)女川町に学校をつくられたりしていて。最近は、「マイプロジェクト」という新しいことを、新しいのかな?そういうのを始めてらっしゃるって聞いたんだけど、それはどんなやつなんですか?

 

今村:    はい、高校生たちが……いまの話の男の子もそうなんですけど、自分自身が「嫌だな」と思うこととか「好きだな」と思うことをプロジェクトとしてとらえて、一定期間何かしらコミットする計画を立てて、実際に実行してみるということを「マイプロジェクト」と呼んでいます。

 

中原:    それって高校生がやるの?

 

今村:    はい、私たちがやっているのは「高校生マイプロジェクト」と呼んでやっています。

 

中原:    目標を立てることとか、結構難しいじゃないですか。

そういうのを誰かがサポートするんですか?

 

今村:    いろいろなケースがあるんですけれども、本当に小さな(ことでもいい)。例えば、掃除道具入れをちょっときれいにすることを続けてみる、みたいなことを「マイプロジェクト」と呼ぶケースでは自分自身でやれると思うんですけど。

 

でも、町のために何かやるとか、地域のために何かやるっていうのは、大人が伴走者になるケースもあります。

 

これが始まったのがですね……私にとってすごく気づきになる出会いが大槌町であって始めたんですね。

 

中原:    どんな出会いだったの?

 

今村:    私が岩手県の大槌町に2011年の12月に入ったときに、当時中学3年生の学年は半年以上学校校舎がないというか、他の学校の校舎で、体育館の中をいくつかに割って教室にして勉強していた子たちで、そのまま受験に突入しないといけないという大変な中学3年生たちに出会って、その子たちのための仕事を始めたんですね。

 

中原:     うんうん。

 

今村:    スタッフがまだいなかったので、私も塾のように子どもたち何十人も受け持つということをして、ボランティアでいらっしゃる方と、自分も教えるということをして。数学とか英語とかやっていたんですけど。理科の中の天体のところだけがすごく好きだったんですね、その子。

 

中原:    なるほどね。

 

今村:    星が好きだったんです。

 

中原:    星が好きだった。

 

今村:    その子は高校生に無事になれて、何回か復興支援の文脈があって東京に行く機会があったんです。私たちが連れていく機会があったんです。それで、あるときですね。大槌町で彼女と話していたら、「思っていることがある」と。

 

復興支援ということで、たくさん全国から来てくれたり、東京からいろんな人たちが大槌町の子どもたちがかわいそうだと思って集まってきてくれていて、「私はそれにすごく助けられたけれども、私も東京に行ってかわいそうだと思ったんですよね」って言い出したんですね。

 

中原:    うん。

 

今村:    その子は、東京では星が見えないっていうことをすごくかわいそうな環境だと心から思ったみたいなんです。

 

中原:    なるほどね。

 

今村:    なので、「私たちを助けたいと思って支援に来てくれる方々はすごくありがたかったけど、私もその人たちに対して、星をガイドするっていう支援をしたい」っていうことを言い始めてですね。

 

中原:    (笑)

 

今村:    これからは、「被災地」として大槌町に来るんじゃなくて、「星が見たい」とか「星がきれいに見えるところだ」っていうことで大槌町に来てくれる人が増えないかなって思っているんです、って熱く言い始めてですね。

 

中原:    おお、なるほど。

 

今村:    それですごく嬉しくて。まずは、その子がそれをやるところを応援したいなと思って。当時は「マイプロジェクト」とか言い出す前だったんですけど、その子もフェイスブック(ページ)を立ち上げたり、私はこんなことを考えていますっていうことを書いてみたりしたら、ドイツの科学者の方がメッセージを寄せてくれたり、クラウドファンディングで望遠鏡を買うお金が集まったりと、いろいろ起きたんですけど。それで、実際にいま地域の子どもたちを集めたり、外から来る方々に星のガイドのようなことを何回か開催して。

 

そういうように、高校生自身の中にプロジェクトとか取り組みのオーナーシップがあって、プロジェクトを実行すると、ものすごく成長が早くて。それが面白かったですね。

 

中原:    自分で決めたことだからっていうのもありますよね。

 

今村:    そうですね。

 

中原:    誰かが決めたことを学んだりやったりするんじゃなくて、自分で決めるっていうことがやっぱり大事なことなのかなって思いますね。

 

なんか、ほら。わかんないけど、僕がまだ高校生だった頃ってさ。

「そんなことやってるんだったら、あんた勉強しなさい!」みたいな。

 

今村:     ああ、そうそうそう。

 

中原:     「勉強」と対置するものとして、そういう「プロジェクト」とかがあってね。

「あんた大学受験もしなきゃあかんし、そういうことは大学に受かってからやりなさい!」みたいな。(笑)そういう雰囲気があったんだと思いますよ。

 

今村:     今もありますよ。

 

中原:     今もあんの?やっぱり。(笑)

 

今村:    はい、今もそれが何なのかっていうことがまだ「学力」の基準に追加されていないわけなので、それを進めるときに「カタリバに洗脳されてる」とか言ってくる人もいました。

 

中原:    まあ、僕が……これは持論に近いと思うけど、「学力って何か」っていうのは難しいけどさ。やっぱり基礎的な読み書きそろばんとかそういうのは必要だと思うんだけど、もう一個は自分で何かプロジェクトを立てて、自分で経験をして振り返って、また新しいものをつくっていくって、このサイクルをさ。やっぱりどっかでね。前倒して持ってほしいですよ。

 

今村:    そうなんですよね。

 

中原:    それが結局、いつか知らないよ、誰かやってくれるんだと思うけど、「学力」と呼ばれるようになると思うよ。

 

今村:    そうですね、はい。

 

中原:    わかんないけどね。(笑)

 

(後編に続く)

  • 取材

    中原 淳

  • 撮影

    松尾 駿

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