マナビラボ

第3回

2018.12.05

世界は「不思議」に溢れてる!〜ハワイp4cの挑戦①〜

今回から数回にわたってご紹介するのはハワイにおけるp4C(philosophy for children:子どものための哲学)の実践です。

P4Cは、1960年代の終わりにアメリカの哲学者マシュー・リップマンによって始められ、現在では多くの国や地域で実践されている教育方法です。その具体的なアプローチはさまざまですが、子どもとファシリテーターとが対話を通じて、答えのない哲学的な問いについての探究を深めていくという点は共通しています。ハワイでも「子どもと共に哲学的な探求をする」というリップマンのコンセプトを引き継ぎつつ、p4c Hawaii(以下、p4c HI)として独自の実践が行われてきました。

近年、日本でもP4Cの実践が広まっていますが、ハワイからの影響も少なくありません。マナビラボでは、東洋大学京北高校の神戸和佳子先生による倫理の授業を取材させていただきましたが、神戸先生もまたハワイでの実践を参考に授業づくりをされていました。(ご参考:「デカルトみたいにとりあえずなんでも疑ってみよう」前編https://manabilab.nakahara-lab.net/article/1084、後編 https://manabilab.nakahara-lab.net/article/1127)*

* P4Cおよびp4c HIについては、「3分でわかる!マナビの理論」のコーナーでもご紹介しています。ぜひご参照下さい。(第22回「ほんものの探求はいつ始まる?」https://manabilab.nakahara-lab.net/article/4882、第23回「哲学とは、世界に関する理解を共に吟味すること!?〜ハワイ発 探究の考え方〜」https://manabilab.nakahara-lab.net/article/4977

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そこで、「海外のマナビ事情」特別編として、ハワイでの現地調査の結果を特集します。ハワイ大学上廣倫理教育アカデミーにお邪魔して、p4c HIを始めたトマス・ジャクソン博士と、高校で先駆的に実践を重ねられ、現在はアカデミーのカリキュラム開発ディレクターでもあるアンバー・ストロング・マカイアウ博士にお話を伺いました。p4c HIの理念や教師の役割、p4cが社会に与えるインパクトについてなど、3回にわたって公開します。

 

 

「P4C」から「p4c HI」へ

————ジャクソン博士は論文のなかで、ハワイにおけるp4cの実践は、P4Cの創始者であるマシュー・リップマンの実践と「小文字のpの哲学」という考え方において異なると書いていらっしゃいます(「小文字のpの哲学」については、「3分でわかる!マナビの理論」をご覧ください)。p4c HIを理解するにあたって非常に重要であるように感じられたのですが、詳しく教えていただけますか?

ジャクソン博士

マシュー・リップマンはP4Cを始めた人ですが、「子どもと哲学をする」というアイディアそのものがまさに天才的です。彼の背景には西洋哲学の伝統があって、彼の実践も非常に西洋哲学的でした。そこでは、子どもたちが理由を挙げて議論するとか、認識論*的なテーマを難しい術語を使わずに議論する、といったようなことが意図されていたのです。リップマンは、対話のファシリテーターも哲学の素養がある人が適していると考えていました

* 認識論とは、人はどのように事物を認識するのかを明らかにする哲学の分野のこと。

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私は1984年にリップマンのP4Cを体験して衝撃を受け、ハワイに持ち帰って実践を始めました。でも3年くらいして、彼の教材はこの島には適していないと気づいたんです。ハワイは非西洋的な文化であり、ご存知の通り民族的にも多様な場所です。例えば、ネイティブ・ハワイアン、日本、中国、フィリピンなど。「個人」の自律を重んじる西洋的な文化に対して、これらの文化はおおむね「関係」を大事にする文化です。個人が互いに競い合うのではなく「共に考える」というモデルなんですね。ですので、西洋哲学的なアプローチはあまりなじまないのです。

 

「哲学」とは、世界を理解しようとすること

ジャクソン博士

そこで、私のなかでゆっくりと深化していったのは、「哲学とは何か」ということでした。

子どもたちと対話をしていて思いついたのが、私たちはみんな「不思議に思う(wonder)」ということです。子どもと一緒に探究していると、私たちはひとたび言葉を獲得すると多くの問いを持つことに気づきます。どんな言語でも「でも、どうして?」と問いかけます。この世界を理解しようとすることにおいて、私たちはみんなアクティブなのだと言えます。子どもは「どうしてトイレは分かれているの?」「宇宙が生まれる前には、何かあったのかなあ?」などと尋ねます。私たちにとってそうした事柄は当たり前のものになってしまっているので、彼らがそう尋ねてくることは驚きなんですけれど・・・。こうした例はいくらでもあります。彼らがいかに聡明であるかに気づくと、とても衝撃を受けますよね。

私は小学校で実践を始めたんですが、ここにいるアンバーは高校でそれを可能にしました。本当に素晴らしいことです。アンバーはとても哲学的な人ですが、幸運なことに学問としての哲学に染まっていません。「幸運なことに」といったのは、私は学問としての哲学は「不思議に思う感覚(sense of wonder)」を育むのには役に立たないと考えるからです。

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  • 取材

    山辺 恵理子

  • 取材

    田中 智輝

  • 取材

    村松 灯

  • 撮影

    田中 智輝

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