第28回
2017.01.18
自分の言葉で語るということ
英語を学ぶ、英語で学ぶ【前編】
生徒の関心から
今回取材に伺ったのは、両国高校英語科・布村奈緒子先生のコミュニケーション英語(高校 2 年生)の授業。授業はすべて英語で行われ、中学 1 年生から 英語で自分の意見を述べる活動が取り入れられている。
アメリカ大統領選の翌日だったこの日、導入のフリートークは「選挙結果についてどう考えるか」をテーマとした特別版。先生によれば、今回の選挙に対する生徒たちの関心は高く、投票日当日も多くの生徒がスマートフォンを使って NBC のライブ放送に見ていたらしい。「そんなに関心があるのなら」と先生がプロジェクターにつないで、昼休みはクラスみんなで速報番組にかじりついたのだとか。そうした経緯もあってか、選挙結果について、年齢やジェンダー、人種といった様々なカテゴリーごとの各候補者の得票率のデータがプロジェクターに映し出されると、その度に生徒から「へぇ〜」と大きな声が上がっていた。布村先生は「私は何も言わないよ。あなたたちが何を言うべきか決めて(I will not say anything. YOU decide what to say.)」と言い添えつつ、ひとつずつデー タを見せていく。一通り見終えると、隣の人と意見交換。どの生徒も自分の考 えを英語でしっかりと伝えていた。
学びを持ち寄る
続いて、プロジェクターには本時の目標と内容が映し出される。「本時の授業を通して、どんなことができるようになってほしいか」が、前もって生徒に示されているのだ。
今日の授業のテーマは「宇宙ゴミ」。これまで、教科書の内容 やテーマに関する新聞記事などを持ち寄って、理解を深めてきた。本時は、 「JAXA は宇宙ゴミを処理すべきかどうか」についてディスカッションをする、 という活動を軸に展開するようだ。
隣の人と宇宙ゴミについて簡単にブレインストーミングをしたあと、今度は 4 人グループになると、それぞれの生徒に 1〜4 の番号が割り振られる。教室の四隅には、宇宙ゴミの処理に賛成・反対それぞれの主張がなされた、複数の新聞記事が貼られている。
生徒たちは、番号ごとに割り振られた場所に移動して、 それぞれ記事の内容を読み取っていく。記事の周りに新たに作られたグループ では、「確率の話をしてるのか。trillion ってどのくらいの単位だっけ」「million、 billion、trillion だから 1 兆かな。宇宙ゴミに衝突して事故が起こる可能性は、 何兆分の 1 ってことか」「つまり、事故の可能性は限りなく低いから、処理しなくていいっていう主張だね」など、生徒どうしで内容を確認しあう姿が見られた。確認が終わると、元のグループにもどって、別の記事を読んでいたメンバ ーに担当した新聞記事の概要を説明する。メンバー全員の説明を聞くことで、 はじめて情報の全体像がつかめる仕組みになっているのだ。説明するのも質問 するのも、もちろん英語。ここまで、布村先生は特に内容の解説などはせず、 生徒たちの活動をじっと見守っている。
「なぜ」を問う−意見を真に「伝える」ということ
グループ内で情報が共有されると、それをふまえて「宇宙ゴミを処理すべきかどうか」について、意見を述べる活動へ。まずは少人数で意見を交換したあ と、何人かがクラス全体に発表をする。
ここで初めて、それまで活動のガイド役に徹していた先生が、生徒の発言に踏み込む場面が見られた。それは、ある男子生徒が「〔記事は深刻な問題じゃないと言っているけど〕自分はとても深刻な問題だと思う(I think it is a very serious problem.)」と発言したときのこと。先生はすかさず「なぜ?」と問いかけたのである。クラスのみんなが楽しげに待つなか、彼は悩みながらも「もし、宇宙ゴミが落ちてきたせいで死んでしまったとしたら、すごく悲しいから(Because, if I was killed by space debris, I think it is very sad.)」と答えていた。
布村先生は、意見を述べるときの型として、「OREO」(Opinion:意見, Reasons:理由, Explanations:説明, Opinion:意見)を意識させていていると いう。どんな意見にも必ず「理由」がある。先生のねらいは、「理由」を意識さ せることで生徒の思考や判断を明確にし、本当の意味で他者に伝わる意見にするという点にあるようだ。
英語を「当たり前」にする工夫
ここまでの授業で気づかされるのが、授業に取り組む生徒たちに、英語でコ ミュニケーションを取ることに対する戸惑いや照れのようなものがまったく見 られないこと。もちろん得意・不得意はそれぞれあるのだろうけれど、あまり それを感じさせないのだ。
しかし、布村先生いわく、意外にも「両国高校は、内気な子どもたちが多く、 もともと生徒たちの間にレベル差もあったんです」とのこと。そうしたなかで、 先生が「英語でコミュニケーションをとることを当たり前にする工夫」として 考え出されたのが、「役割を与える」ことだったのだという。グループを組み替 えてそれぞれ別の情報を得、それを元のグループに持ちかえって共有するとい う「ジグソー法」では、各自がきちんと情報を伝えないと、メンバー全員で情報の全体像を共有することができないため、資料の読み取りに責任が生ま れる。また、それぞれの情報の概要だけが伝えられるので、「元の情報の詳細が知りたい」と、テーマに関する興味や関心を引き出すこともできるという。
布村先生は「学習指導要領が変わって英語で授業するということになったと き、多くの先生が不安に感じるのは、生徒が英語を聞き取れず、教師が話した 内容を理解できなくて反応がないこと」だと指摘する。「でも ICT をうまく使え ば、万一教師の英語を聞き逃してしまったとしても、生徒も『画像を見れば大 丈夫、ついていける』と思える。スローラーナーにとって安心できる工夫の一 つだと思っています」。
新しい「見方」に出会う
さて、授業は最後の活動へ。生徒たち自身が持ち寄った資料も用いて、「JAXAは宇宙ゴミを処理すべきかどうか」についてグループディスカッションを行い、プレゼンテーションに向けて準備する。
あるグループでは、主語が「私たち(Should we〜?)」ではなく「JAXA(Should JAXA〜?)」であることに注意をうながす発言がある女子生徒から発せられた。彼女は、宇宙ゴミの排出国と処理にかかるコストについて、客観的なデータを示しながら、「JAXA としては、必ずしも宇宙ゴミを処理する必要はないのではないか」と主張したのだった。この発言をきっかけとして、ディスカッションは「宇宙ゴミの処理について、日本としてどう関わるのがよいか」というテーマへと発展する。
こうしたやり とりは確かに英語のスキルと直接には関わらないが、生徒どうしが自分の言葉 で語りあうなかで、問題についての「新たな見方」が発見されるということも、 参加型学習の良さなのかもしれない。
「コミュニケーション」が生まれるとき
最後に、本時の目標をもう一度確認し、どのくらい達成できたかを各自手の動きで示したところで、今日の授業は終了。まさに、英語での「コミュニケー ション」だけで構成された 45 分間だった。どの生徒も自分の意見をきちんと伝 え、相手の意見をきちんと受けとめていた。そのなかで、生き生きとした英語 が交わされているのだ。会話形式の授業では、語彙力をはじめ、大学入試を突 破するための学力という点で懸念されることが多いが、実際のところ「結果は 割といいんですよ」。この点について、布村先生は「自分の意見にして言ってい るから、定着がはかれているのではないか」と分析している。
「英語はツールにすぎない」と布村先生は繰り返す。「あくまで興味・関心や 自分なりの問題意識が先にあって、それについて自分はどう考えるのか、説明 したり伝えたりしたくなったときのためのツール」。英語でコミュニケーション をとる「必然性」があるということが重要なのだ。
「伝えたい」ことや「聞きたい」ことがあるからこそ、コミュニケーション は成り立つ。そして、そこにこそ学習の出発点がある。そんな、シンプルだけ れど見失いがちなことを、改めて思い出させてくれる授業だった。
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撮影
山辺 恵理子