マナビラボ

第40回

2017.11.29

高校生のアイディア!高島平に「にぎわい」を取り戻すために

前編

すれ違う生徒たちが「こんにちは!」と元気良く爽やかな挨拶をしてくれるのがとても印象的な東京都立高島高等学校。梅雨入りして間もない5月末、同校で政治・経済を担当する大畑方人先生の授業におじゃました。今回取材したのは「地域社会を築く」という単元の中の4回シリーズの授業(1時限目:事前学習、2・3時限目:フィールドワーク、4時限目:事後学習)。高島高校に通って3年目になる生徒たちにとって、高島平はとても馴染みのあるテーマだ。

 

1時限目:事前学習「高島平、好きですか?」

4回シリーズの授業の第1時限目。大畑先生は『オーハタの政経』というお手製のA4の学習プリントを一枚配布しながら、今日の授業について一言。「今日は自分たちが暮らす高島平について考えてみたいと思います」。『オーハタの政経』プリントは、「みなさんが、ここ高島平で学校生活を送るようになって3年目になりますが、ズバリ、みなさんはこの町が好きですか?…」という問いかけから始まっている。「高島平ってどんな町?」という見出しで括られた部分で、高島平の歴史と今について、生徒たちと簡単に確認する。かつて「東洋一のマンモス団地」と呼ばれた「高島平団地」は、高島平を象徴するものの一つである。しかし、その高島平団地も、今日では、公共施設や団地の老朽化、急速な高齢化の只中にある。プリントの裏には、高島平団地の年代別人口推移を示した新聞記事が資料として添付してある。こうした現状を踏まえ、板橋区では、高島平を“東京で一番住みたくなるまち”にするために、都市再生の方向性を示した地域全体のグランドデザインを策定したことが示される。『オーハタの政経』プリントは「では、高島平に活気を取り戻すためには、何か必要なのか?」と問いかける。

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次の「考えてみよう」という見出しで括られた部分には、今日の課題が①〜⑥に分節化されている。大畑先生は、本時の活動の内容を説明しながら、他のクラスで同じ単元を学習した時の資料を示し、生徒たちに具体的なイメージをもたせたうえで、活動のポイントについて触れる。「今日やるこういう意見をたくさん出す方法は、ブレイン・ストーミングと呼ばれるもので、みんなが大学や企業に入ってからもアイディア出しをする時に使われる手法です。まさに脳内で嵐を起こそうというものです。大切なポイントが3つあります。まずは、恥ずかしがらずに自由に発言すること。質より量です。とにかく思いつきでいいから、高島平の好きなところ、問題なところ、いっぱい出してみましょう。次に、紹介し合う時には絶対に批判をしないこと。「確かにそうだね、うんうん」とか、関連性を大切にしましょう。最後に、他の人の意見をどんどんつなぎ合わせて、「高島平の魅力ってこういうところだね、課題ってこういうところだね」とまとめてみること」。

机を並び替え、グループワークの開始だ。今日の課題は次の通り。高島平の「好きなところ(評価できる点)」は黄色い付箋に、「嫌いなところ(改善すべき点)」はピンクの付箋に、それぞれ10枚を目指して、まずは各自5分で書いてみる(課題①②)。次に、個人で書いた付箋を持ち寄ってグループ内で、各自が思う高島平の「好きなところ」と「嫌いなところ」を発表し、似たような意見や関連する意見をいくつかにまとめる(課題③④)。グループでまとめた意見のうち、高島平の「好きなところ」と「嫌いなところ」をそれぞれ3つずつKPシート*に書く(課題⑤)。最後に、KPシートを用いて、クラス全体に向けてグループの意見を発表する(課題⑥)。

* KPシートのKPは、紙芝居プレゼンテーションの略。

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まずは、一人で20枚の付箋に記入する。「一枚の付箋に一つ書くの?」「黄色が好きなところでしょ」…だんだん静かになっていく教室に「とにかく質より量だから」という、大畑先生の声が響く。5分が経った。司会者は、グループの中で先生から一番遠くにいる生徒だ。机の真ん中に模造紙を広げ、各自の意見を発表し、意見をまとめていく。「建物が大きい」「治安がいい」「街が穏やか」「緑が多い」「アクセスが悪い」「自然が豊か」「じゃ、同じ部類は近くに貼る?重ねる?」「夜怖い」「清潔感がない」「遊び場がない」「虫が多い」「バスがいっぱい通ってる」「人が少ないから歩きやすい」「まとめられるのはまとめた方がいいよね」「それいいところなの?」「矛盾してんじゃん」…先生は、それぞれのグループの様子を見て回る。

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KPシートにまとめた「好きなところ」と「嫌いなところ」をそれぞれ3つずつ、各グループの全員が前に出てきて発表する。

すべてのグループの発表が終わった後、大畑先生は「高島平に将来的に住みたい、あるいは、今住んでいる人は住み続けたい?」と生徒たちに投げかけた。生徒たちの圧倒的多数は、「住みたくない、住み続けたくない」に手を挙げている。「じゃあ、次の時間は、実際に高島平に住んでいる人たちはこの町のことをどのように捉えているのか、話を聞いてみましょう」。

 

2・3時限目:フィールドワーク「書を捨てよ、町へ出よう」

日を改め、本日の二時間続きの授業では、前回ブレイン・ストーミングに取り組んだ同じグループの仲間と一緒に町に飛び出し、町の人たちに、高島平についてインタビューをする。

本日配布された『オーハタの政経』プリントには、フィールドワークをすすめるうえでの<ルール・マナー>と2つのミッションが示されている。生徒玄関の前に集合した生徒たちと、まずは<ルール・マナー>を確認する。①できるだけ小さくまとまり、通行人の邪魔にならないようにすること。②近隣住民の迷惑にならないように気をつけ、大きな声を出さないようにすること。③写真を撮る際は、通行人や住民の顔にカメラを向けないようにすること。④インタビューをする際は、しっかりと挨拶をし、失礼のないようにすること。⑤授業終了10分前には生徒玄関前に戻ってくること。次に、ミッションの確認だ。一つ目のミッションは、町を歩きながら評価できる点・改善すべき点を見つけ、写真におさめ、気付いたことをメモしておくこと。二つ目のミッションは、高島平で実際に生活している人たちに、インタビューをすること。できるだけ幅広い年齢層を対象とするインタビューでは、自分たちが高島高校の3年生で、政治・経済の授業で高島平について調べているのでインタビューをお願いできるか丁寧に伺い、インタビューの後にはしっかりとお礼を伝えることを確認した。高島平駅を中心に、グループ毎に別々のコースを歩いてインタビューを行う。一グループ40人にインタビューすることが目標だ。地図を片手に、さぁ、出発!

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フィールドワーク中、大畑先生に、なぜ、フィールドワークをするのか伺ってみた。大畑先生によれば「いろんな大人と接することで、「社会」の見え方が変わってくる」ことが重要で、そのためには高校生にとって「斜め上の人」がポイントになるのだという。大畑先生の授業では、フィールドワークで町の人々に直接インタビューする他、大学生や大学院生らの団体を招いて特別授業をお願いすることも少なくない。大畑先生が、学校の内部だけに留まらず、外部とのつながりから、生徒たちの学びを捉えていることがわかる。

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また、本日のフィールドワークの持ち物の中には「スマートフォン」と明記されていて、その使用が許可されている。今回のフィールドワークでのスマートフォンの使用は写真の撮影という目的に限定されていたが、大畑先生によれば「スマホを使わせないのではなく、いかに使いこなさせるか」が大切なのだという。「どう影響力があるのか、身近に感じること。たとえば、ツイッターは、僕らの一歩が日本を変えるという主権者の自覚をもつことにつながるかもしれない」。このことは、大畑先生自身が学校の外部とのつながりを活かして日々の実践・研究をすすめてきたことと無関係ではないだろう。「前任校では他の学校の先生と勉強会をすることは全くありませんでした。フェイスブックを始めたのも2年前です。ちょうどその頃18歳選挙権が決まり、メディアの方から授業の取材の依頼を受けたのがフェイスブックを始めたきっかけでした。フェイスブックを始めてみて、こんなに世界が広がるのか、と思いました。全国の人たちとつながって、実際に会ってみて…。教師として仕事をしていくうえでのメリットもありますが、SNSは使い方次第で、日本の民主主義のあり方を変えていくだけの可能性を秘めているものだと思います。おそらく、フェイスブックを始めていなかったら、この機会もないですし…。」そう、実は、マナビラボで取材をお願いできたのも、SNSのおかげだ。

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4時限目:事後学習「高島平の未来に僕らの声を届けよう」

日を改め、第4時限目の本日の授業ではまず新聞記事が添付されたプリントが配布された。一枚目は、この夏休みにNPO主催で行われる「高校生のための政治家体験」のお知らせで、プリントの裏には昨年の都知事選の街頭演説を聞きに行った当時の高島高校3年生のコメントと写真が掲載された新聞記事の切り抜きが貼ってある。もう一枚のプリントには、今年の5月初旬に、大学生・大学院生らの団体によるフランス大統領選をテーマとした特別授業を受けた自分たち(現在の高島高校3年生)のコメントと写真が掲載された記事が貼ってある。大畑先生の政治・経済の授業は「18歳選挙権」との関係から、各種メディアで注目されている。このことは、大畑先生の授業を選択した3年生(先輩たち、自分たち)が注目を浴びている、ということでもある。大畑先生が「Sのコメントが載っているので線を引いてみました」と言うと、クラスの男子はニヤニヤしながらも記事に目を落とす。S君は少し照れているようにも見えるが、記事を見つめる目は真剣だ。

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本時のテーマは、前回のフィールドワークを踏まえて、高島平に「にぎわい」を取り戻すための提案を考えることだ。本時の『オーハタの政経』プリントには、板橋区が都市再生の方向性を示した地域全体のグランドデザインを策定し、高島平を“東京で一番住みたくなるまち”にするために動き出したことが示されている。

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大畑先生は、本時ではワールドカフェという方法を用いると説明する。それぞれのグループをカフェに見立て、まず、それぞれのグループが与えられたテーマに取り組む。テーマは、前回自分たちのグループがフィールドワークをした地域(プロムナード/駅周辺/団地敷地内/赤塚公園)に「にぎわい」を創出するアイディアを、前回のフィールドワークをもとに提案することだ。10分間グループ内でアイディア出しをした後、グループの代表者(マスター)以外の人は旅人として他のグループ(カフェ)に移動する。マスターは自分のカフェのアイディアを他のカフェからやって来た旅人たちに向けて発表する。旅人たちは、マスターの発表を聞いて思いついたことを話し、滞在中のカフェの模造紙に自由に書き加えることができる。一つのカフェについて5分間。旅人たちは、次のカフェへと移動する。いくつかのカフェを回って旅人たちは自分のカフェに戻り、他のカフェで話し合ったことをマスターや他の旅人たちと共有し、最終的に、自分たちのグループ(カフェ)の提案をKPシートにまとめる。

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先生からの説明のあと、生徒たちはグループ内で、まず、前回のフィールドワークの振り返り、特に重要だと思われる「魅力」と「課題」を5つずつまとめる。「子どもを育てやすい環境」「公園が多い」「治安がいい」「マナーが悪い」「交通の便が悪い」「建物が古い」「段差が多い」「自転車が邪魔」…。模造紙の真ん中にテーマを書く。本時のマスターは、グループ内で一番誕生日が早い人だ。グループの考えをマスターがまとめて模造紙に書く。「良いところをよりよくする方法、課題については改善策を考えてみよう」という大畑先生のヒントに、それぞれのグループでは「店増やす?」「電車増やす?」「緑を活かすって…」「駅前以外にも…」と話し合いが進む。「質より量だぞ。模造紙がいっぱいになるまで書いてみよう」という先生の声に呼応するように、生徒たちからは「質より量だって」「量だ、量だ」という声が聴こえてくる。さらに、大畑先生は「店ってどんな店?」「できるだけ具体的に」と、グループを回りながら声をかける。すると、生徒たちは「洋服屋さん?」「スイーツ系じゃね?」「緑を活かすってどういうこと?」「商店街には若者向けの店でしょ」「マスター、どうする?」「おしゃれな店にじいちゃんばあちゃん?」…グループ内でアイディアがどんどん具体的になっていく。

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他のグループ(カフェ)に移動した旅人たちの中には、マスターの話を踏まえ、「それって、たとえば?」と具体的なアイディアにまで踏み込んで聴き出そうとするものもいる。マスターに限らず、旅人たちからも具体的なアイディアが聴こえてくる。「あるじゃん、サンシャインの下にあるエスカレーターの平バージョン」「駅の高架下に空いてるとこがあるから、自転車置ける」…。

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生徒たちの頭の中には高島平に「にぎわい」を取り戻す具体的なイメージが湧いているようだ。(中編に続く)

 

080567121973年に設置された東京都立高島高等学校。「自ら学ぶ力を育てる学校」「生徒一人ひとりの希望進路を実現する学校」「文化・スポーツ教育を通して健全な心身と人間力を育成する学校」「規範意識の醸成と社会貢献活動を通して、地域から信頼される学校」の4つを「目指す学校像」として掲げている。都立学校の中でも、部活動が盛んな学校であり、学習・進路指導にも力を入れている。

  • 取材

    渡邉 優子

  • 撮影

    田中 智輝

  • 撮影

    村松 灯

  • 撮影

    町支 大祐

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